逆流の中で君は
世界は終わると思った。突如時間の逆流を始めたこの世界。命が終わることも恐ろしいが、よっぽど命が生まれる前に戻り、なかったことになる方が怖い。
母親は涙していた。理由は明白、自分の娘が自分のお腹の中へと戻ってしまったからだ。そして徐々にお腹の膨らみは小さくなり、儚くも命は消されてしまった。
風景も変わっていった。もちろん建物などが移り変わるのは当然だが、一見変わってないように見える草むらや木々たち。あれも常に命が入れ替わってるのだから、僕たちと同じような悲劇を迎えてるのだろう。
年の差結婚も素敵だが、この世界ではそれは悲しみへと繋がる。3歳下の彼女はお腹の中へと戻っていった。そして彼は3歳、記憶は消えないから心は3歳ではないが。彼女を失った悲しみに嘆きつつ、彼もまた赤子になりお腹の世界へと夢に吸い込まれていった。
僕もそろそろだろうか。ふと隣を見ると、懐かしい人を見つけた。その女性は涙しながら僕に近づいてきた。そして僕を抱きしめた。
「会いたかった」
「僕もだよ、母さん」
この逆流した世界に初めて感謝した。消える命あれば蘇る命あり、ということだろう。そして彼女は言う。
「あなたはダメ、生きなさい。未来へ」
彼女は不思議な色をしたキーホルダーを僕に渡してきた。
「これは?」
「……この逆流した世界で、正しい流れに自分を保てる唯一の道具よ」
「じゃあこれを使えばみんな」
「でも、これは一人用なの。だからあなたが使って。あなただけは生きて」
僕は要らないと思った。母さんに渡そうと思った。僕よりも、僕の大切な人に生きていて欲しかったのだ。慌てて返そうとすると
「ダメ」
強く突き離された。気付けば時の逆流は激しくなっていた。自分よりも若くなっていく母、僕はそれを見ていられなかった。
逆流の中で君は、逆流の中であなたは、また僕だけを置いていくのか。正しい流れのときだって僕を置いていったのに、逆流のときでも僕を置いていくのか。行かないで!!
「さよなら、ありがとう……」
母は母の母のお腹の中へと戻っていった。
* *
そこにはキーホルダーを手に入れた数人だけが残っていた。どうやら時代の逆流は戻ったらしい。しかし今は何年だ? おそらく平安とかよりもずっと前。
泣いていた数人は下ばかり見ている。僕も同じような気持ちだったがせっかく残った命、少し明るく行こうと思った。
「……時の流れは元に戻ったんだ」
「えっ?」
全員が僕の方を見た。
「なら僕たちの大切な人の命は、消えたわけじゃない。またいずれこの世界に生まれてくる」
「……」
みんな黙り込む。分かりきってる、寿命的に僕たちはその大切な人に一生会うことはない、ないけど、だけど!
「……でもまた生まれてくるんだよ、生きるんだよ、この世界に刻まれるんだよ、僕らの愛した人は!」
言いながら泣いてしまった。でも素敵な青空をようやく見る気になれたんだから及第点であろう。ああ、上を向こう。
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