その誰かは……
「お姉ちゃん!こんな話、知ってる?」
微笑みながらこちらを見る我が妹、アリス。彼女から外の話を聞くのが私の楽しみであり、日課だ。
「最近、山の下の村でこんな噂があるんだけど……」
私たち姉妹と何人かのメイドは、山の頂上に建てられた我が父から受け継いだこの館に住んでいる。居心地は悪くない。
「どんな噂?」
「……恐怖の願いの巻物の話」
「……知らないわね。どんな話なの?」
「その巻物はある願いを叶えるの。といっても使った人が願い事を自由に選べるわけじゃなくて、本当にある決められた一つの願いしか叶えられないんだけどね」
「……それはどんな願い?」
「ある人間をすべての人の記憶から消すという願い」
いたって真剣な瞳でアリスはこちらを見た。私は小さな声で呟く。
「……そんなこと可能なの?」
「ええ。可能らしいわ、どうやらその巻物、呪いが込められているみたいなの。事実、村人が誰も知らないのに、村にずっと住んでいたと必死に話す人間もいたそうよ……」
人はよく、死ぬよりも忘れられる方が、真の死に近いと言われている。身が滅んでも、心に残ればその人間は生き続ける。しかし、逆に身が滅ばなくとも誰からも忘れられてしまえば、それは死んだに等しくなってしまう。
「恐ろしい巻物ね。一体何のために作られたのかしら。それに何のためにそんな巻物使うのよ?」
「……それは簡単だよ、お姉ちゃん。自分が心から憎んでいる相手に復讐したいからだよ」
「ああ、なるほど」
妙に納得した。アリスはまだ喋る。
「死ぬよりも恐ろしいこと……誰からも忘れられてしまうこと。それを自分の憎む相手に与えられたらどれだけ幸福なのかな?」
「そんな考え、持ってはいけない。復讐なんて何も生まないわ!復讐をするやつなんて、愚かに違いない」
「……お姉ちゃんはそう言うと思ってたよ」
「……あら、アリスはそう思ってないの?」
「いや、私も同意見だよ? ただ、そうせざるを得ないほど、憎い気持ちもどこかにあるのかなぁ……なんて思ってね」
「まあそれもそうね」
「それに……その巻物、それだけじゃないらしいの」
「どういうこと?」
「その巻物を使った本人だけは、記憶から消されてしまったその人間を覚えているらしいのよ」
「……なるほど。復讐の喜びを感じたいからね」
「その通りよ、お姉ちゃん」
復讐のために、己が憎む人間に関する記憶をあらゆる人間から消したのにもかかわらず、自分までその人間を忘れてしまったら、その喜びを味わえない。だから使い手だけには記憶が残るのね。なんて悪趣味な巻物なのでしょう。
「……本当に怖い巻物ね」
紅茶を一口、すする。
「久しぶりに山の下の村に行ってみようかしら?」
「……なんで?」
「一応、私の父はこの地を、その村を、治めていた人間だからね。それを受け継いだ私も、その巻物に関しては調べないと」
「……気をつけてね、お姉ちゃん。その巻物、話を聞く限り恐ろしいから」
「ええ、もちろんよ。アリス、あなたは私がいない間、ちゃんとここで留守番できる?」
「……過保護なんだから、お姉ちゃんは。大丈夫だから安心して」
「なら、信じるわ」
「ありがとう、大好きだよ、お姉ちゃん」
「私もよ……。じゃあ、そろそろ行くわね?」
「うん。気をつけて、早く帰ってきてね?」
「なるべく」
ガチャ
部屋の扉を開けると、二人のメイドが聞き耳を立てながら、扉の前にいた。
「あなたたち!!こんなところでお喋りしてないで早く仕事をしなさい!!」
「す、すみません!!」
「じゃあ行ってくるから」
・ ・
「ご主人様……」
「うん? 何?」
「さっきは急に怒られたのでとっさに謝ってしまいましたが、先ほどの方はどちらで?」
「……うーん、知り合いかな。メアリーって言うの!」
「そうでしたか。すみませんでした、時間を取らせてしまって」
「別に大丈夫よ」
「……失礼しました」
ガチャ
メイドはその部屋を離れていった。そしてアリスは紅茶を一口、すすった。
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