狂おしい繰り返しのあなたへ 前編

 もう何度目だろうか?


 神様は言った。


「ループするかい?」


 * *


 僕の愛しい彼女が事故にあって死んでしまった数時間後の話だった。その日は彼女と2人で居酒屋に行き、軽くおしゃべりをしたものだ。彼女の上司の悪口なんて聞いてね。で、彼女と店から出てずっと歩くと目に入る、ある坂道。その坂道は下り坂で、上には歩道橋があった。その夜はやけに三日月が綺麗で切なかった。でもそんなことはどうでもよくて、問題はその坂道を下りて行くと分かれ道があって、そこで彼女と僕はさよならをしたことだ。まさかあの後彼女が事故にあうなんて、死んでしまうなんて、思うはずもない。


 僕は泣かなかった、というよりその知らせを電話で聞いたとき、何が何だか分からなかった。ちょうど、別れてから数時間後の頃、そんなニュースを聞いた僕はただ呆然と立っていたのだがそこに天から光が!


「お前にチャンスをやろう、ループするかい?」


「る、ループ? そもそもどちら様?」


「私は神様だ。そしてお前にチャンスをやろう、時を巻き戻して彼女に会わせてやる。また、そこで彼女を守り切れたら、過去を修正できる、つまり彼女が死んだ事実をなくせるということだ」


「ほ、本当に? でも一度だけじゃ成功できるか……」


「大丈夫だ、お前が満足するまで何度もループさせてやる、繰り返させてやる」


「えっ⁉︎ それだったら絶対に彼女を救えるじゃないか!」


「……だが、誰がいつどこで死ぬかは、運命によって固く決められている。それを覆すのはなかなかに難しいぞ? 何度繰り返すか分からない。もしかしたら彼女を救う前にお前の心が壊れてしまうかもしれない、それでもやってみるか?」


「……もちろんです」


「分かった、では目を瞑っておれ」


 * *


 光なんてもんもなく、呪文とかキラキラ的な音とかもなく、一瞬まばたきをしただけであの居酒屋に僕はいた。そして隣には……


「でね、その上司ね……えっどうしたの?」


 僕はどうやら無意識に涙を流していたようだ。


「ご、ごめん。なんかちょっと酔ったみたいで」


「そう。ならもう時間だし帰ろっか?」


「ああ、そうしよう」


 居酒屋を出た。で、デジャブする会話を繰り返しながら道を歩いていった。そして例の坂道。ああ、上にある三日月は綺麗だ。ふと見えるのは分かれ道。


「あっ、じゃあね、また明日!」


 彼女はにっこり笑う。させるか。


「いや、今日は家まで一緒についていくよ、もう夜は暗いし、心配だ」


「えっ、でも悪いよ」


「……僕が心配なんだ、気にしないで」


 彼女は驚いた表情の後、柔らかい笑顔を見せた。


「分かった、ありがとう!」


 で、二人横に並んで歩きながらお喋り。


「でね、その上司ね私にねなんて言ったと思う?」


「いや、分からないなあ」


「あのね」


 僕はあの電話の内容を一片たりとも間違えやしない。そう、ここで事故は起きた。僕は無理矢理彼女の腕を掴み引っ張る。


「えっ、い、痛い! ねぇ、どうしたの⁉︎」


「……早く!!」


 ドンッッ


 その瞬間、トラックが道に突っ込んできた。居眠り運転だ、助かった。


「ひっ……わ、私、し、死んでたかもしれないってこと?」


「……まあね。でも助かったみたいだ」


「よ、良かった、ありが」


 その瞬間、僕は見た。上から鉄骨が落ちてきたのを。そして目の前で腕を握ってた彼女はその下に埋もれていた……


 * *


「うっ、うう」


 吐き気とも、悲しみとも捉えられるあらゆる物が体から溢れてきてた。目の前には神様が。


「……どうだ? 言っただろう、甘くないと。あの事故から逃れられても、またあらゆる手段で彼女を殺しにかかるぞ、運命は。それでもまた繰り返すか?」


「……も、もちろんです。僕は、彼女と共に生きていきたいんだ。神様、もっと更に時間は戻せないのですか、そもそもあの居酒屋に行かなければ」


「それは無理だ」


「で、でも」


「無理だ」


「お願いです! どうか」


「ならもうこの繰り返しさえ、やめるか?」


「そ、それは!」


「じゃあ文句など言うな」


「……分かりました」


「では時を戻そう、あの居酒屋のシーンまで」


 * *


 三日月が綺麗だった。まあそんなことよりも


 ドンッッ


「危ない!!」


 トラックをかわす。そしてさらに


「こっちにきて!!」


 無理矢理手を引っ張った。


 ガランガラン


「……て、鉄骨?」


 彼女は震えていた。僕はすかさず抱きしめる。


「大丈夫、僕が守」


 グサッ


「えっ?」


 僕は倒れた。そのすぐ後に彼女も倒れた。上を見てみるとナイフを持った男が一人。


「と、通り魔なのか」


 その男はマスクで顔は見えなかったが、平然としてる様子だった。彼女にとどめの一突きを刺した。


「そ、そんな」


 その男のナイフがこちらに向かってきて、そこで意識は止まった。


 * *


「これでも繰り返すか?」


「……ええ、もちろんです」


 * *


 トラック!


 鉄骨!


 ナイフ男!


 よし、みんな避けれた……って


 彼女は少しくぼんでいたその道に足を引っ掛け転びそうになり、バランスを取ろうとして後ろに転倒。不幸にも当たりどころが悪く死んでしまった。


 なんでだ、なんで!!


 そうまさに運命が働いているように、ときには不自然なくらい無理やりな死もあった。


 圧死 転落死 ときに病死……


 突然の心臓発作。信じられない。


 あの分かれ道でそもそも別れず、僕の方へ無理やり彼女を引っ張り出しても同じ結末だった。


 では居酒屋から出ないようにしたらどうか?

 急性アルコール中毒? 食中毒?


 それら全てを避けても結局は不審者が急に現れて彼女を殺しにかかる。


 いくら繰り返しても彼女を救えなかった。救えなかった……でも


 * *


 もう何度目だろうか?


 神様は言った。


「ループするかい?」


 そして僕は答える。


「ええ、もちろんです」


 後編へ……

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