天使の気まぐれ

 私はサラリーマン。忙しすぎて寝不足だ。ボッーとしてると突然電車が! 踏切でボッーとしていたらしい。やばい、死ぬ?


 ドンっ!!


 と思ったが私は気付けば空を飛んでいた。飛んでいた、というより高く高くジャンプしていた。人の限界を軽く超えてるような高さを飛んでいる。


 自由だ、自由だ、そう思った。


 私はこのスピードなら一日で世界一周も夢じゃないと思った。仕事も今日はサボろう。


 ああ、風が心地いい。大ジャンプを繰り返し、世界を駆けている。


 万里の長城をまたぎ、コロッセオの中心に立つ、そしてエッフェル塔の頂上に登るのだ。


 日は登り沈み始めた、夕方だ。


「……今日は楽しかった」


 何故こうも高く飛べるのか、恐ろしい運動神経を発揮したのか、それは今となっては分からない。でもその間、空を駆けている間は、嫌なことを全て忘れ自由だった、楽しかった、幸せだった。


「仕事は嫌いだが、少し気が晴れた。また明日から頑張ろう」


「いや、明日はありません」


「えっ?」


 振り向けば小さい少女が。しかし、白い羽があり、頭の上に輪っかがあった。


「て、天使?」


「……そうです」


「えっ、じゃあ、私は」


「そう死んでしまったのです。電車に轢かれて」


「で、でも私は巨大なジャンプで軽く電車を避けれたじゃないか。そして今この時点まで過ごせることができている! 私は断じて死んでなどいない!」


「……それは私が見せた幻想ですよ」


「えっ」


「私は毎日懸命に生きているあなたに深く同情しました。だからせめて、最後に素敵な夢を見せてあげようと、私の気まぐれで自由になれた幻想を見せたのです。あれは夢だったのです」


「そ、そんな」


「あなたのためにした行いが、結果あなたを苦しめてしまったようで……すいません」


「あ、あ、謝らなくていいからお願いだ、私を生き返らせてくれ、まだ妻にも息子にも、伝えたいことがたくさんある! ここで死ぬわけにはいかないんだ!」


「しかし、死者を生き返らすなんて」


「お願いだ、この通り!!」


 私は全力で頭を下げ懇願した。


「……分かりました、気まぐれですよ? 生き返らせてあげましょう」


「ほ、本当ですか⁉︎」


「……ええ。その代わり、後悔しないよう素敵な余生を過ごしてください」


「分かりました」


 それから私はより必死に生きた。仕事と家庭を両立させ、順風満帆な人生を送った。どんどん昇進し、妻や息子にも楽をさせることができた。そのうち息子は自立し、結婚し、孫が生まれた。そのときにはとっくに私も妻も老いぼれだったが、心から幸せだった。


 そしてその時は迎えた。多くの人間に見送られながら私は天国へと昇っていった……


「お久しぶりです」


「……天使さん!」


「後悔はしてませんか?」


「ええ、もちろんです!! あなた様の気まぐれで、なんとも素敵な日々を過ごせました! 一度死んだことでより、命を大切に使えたと思います!」


「……なら良かった。では一緒に行きましょう? 天国に」


「分かりました」


 * *


 ふふっ。私は天使。気まぐれな天使です。ときに同情した相手に素敵な夢を見せてあげます。


 それはときに自由に空を飛べる夢。


 それはときに最後まで生きられた夢……


 ふふっ。これは秘密、秘密にしておきましょう。


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