人類猫化計画

 私は猫が大好きだ。そして人間が大嫌いだ。だからいっそのこと人類みんな猫になればいいと思うのだ。しかしそんな都合のいいことなんて……


「いらっしゃい、いらっしゃい。いろんなものを売ってるよ!」


 路上販売の怪しさ満点のおじさんがそこにいた。当然無視だ。そこを通り過ぎる。


「生き物を猫に変えるステッキなど、変わった商品がたくさんあるよ!」


「えっ」


「……そこのお嬢さん、興味がおありで?」


「い、いや別に」


「質は保証するよ! 実際にネズミや犬を猫に変えることができたんだから!」


「……人間では試した?」


「人間? それは試してないですね。というか人間に使うことないでしょ」


「……ちなみにそれおいくらなの?」


「おまけして千円でいいよ」


「千円でいいの⁉︎ あ、怪しい」


「怪しくなんかないさ! 本当にただのサービスだよ!」


「……じゃあ買おうかな」


「へい毎度あり! あっ、あとお嬢さん、このブレスレットも腕につけておいてくれ」


「なんで?」


「これは一種の起動装置だ。このブレスレットをつけてる人間じゃないとそのステッキは使えなくなってる。何も知らない人間が使ったら大変なことになるだろう?」


「なるほど、分かった。あとさ、このステッキ……使い方は?」


「そりゃあ簡単さ。そのステッキを人に向けて『ねこねこね〜』って唱えるだけ! 楽チンだろ?」


「ちなみに猫になったら戻るの? それ?」


「……まあそれは秘密さ」


「えっ、うん、分かったよ。でも払ったからには本物か試したいなぁ」


「じゃあそこら辺の蛙とかを、ってえっ?」


 私はそのおじさんにステッキを向けた。


「ちょ、お客さん、冗談でしょ、や、やめて」


「ねこねこね〜」


「そ、そんな。や、やめ……ニャー」


 目の前には一匹の猫ちゃんが。大成功だ。


「か、可愛い猫ちゃんになった……」


 気を良くした私はそこから暴走し始めた。道で会う人会う人をみんな猫にした。そのうち人々は私を恐れ逃げ始めた。


「や、やめ……ニャー」


「助けてくれ! お願いだ……ニャー」


「ぐす、もう、やめ……ニャー」


 みんな嫌がってはいたが、猫になったら満面の笑顔で鳴く。良きかな良きかな。


 * *


 一時間後、人類はおそらくみんな猫になったであろう。隠れてる人間もいる可能性はあるが、もうほとんどの人類は猫だ。猫のための楽園、完成に近い。ん? あそこに人影だ。やっぱり隠れてる人間がいたか。お前も猫にしてやろうかっ!!


「悲しまないでね? 猫になれば幸せな未来が……」


 私はその姿を目で捉えた時、非常に非常に驚きを感じた。だって、二足歩行で、背も高い、だが人間じゃない、人型の猫がいたからだ。


「ね、猫⁉︎」


「……そうだ、猫だ」


 しかも喋った⁉︎


「お前だな、人類を猫にしていってるという輩は」


「……そ、そうだけど、あなた本当に猫? 猫って喋るの?」


「人類が猫になるんだから、人のような猫がいたっておかしくないだろう」


 むちゃくちゃなことを言ってるが、納得してしまった自分もいた。


「……やめてくれないか、人類猫化計画」


「な、何故? わ、私は猫のための楽園を作ろうとしてるのよ? 猫が増えて、仲間が増えて、あなたも幸せでしょ?」


「……残念ながら全く嬉しくない。どんな生き物も、たくさん増えれば滅亡へ向かうしかない。分かるだろ、人間なら」


「……」


「人類はもはやこの街にしかいない。何故ならかつて、あまりにも多くなってしまった人類は困窮したからだ。食糧、資源……あらゆるものが人間の人数より少なくなってしまった。そして奪い合い、争いが起こった。結果として人類のほとんどは滅亡した。残ったわずかな人類が集まってできた街がこの街だ。そしてこの街で生きてきた私になら分かる。数が増えればその種族は滅びる。だから君は猫に対して最も酷なことをしたんだ。その罪は重い」


「そ、そんな……」


 私は猫に対してそんな重い罪を犯したのか。た、耐えられない……こんなの、つ、つらすぎるよ。


「どうする? どうやって罪を償う?」


「……つ、罪? どうすれば償えるの?」


「まあ私は猫だからなぁ。お金なんてもらっても嬉しくもない。そうだ……一つ、この罪から逃れられる方法があるのだが」


「ど、どんな方法⁉︎」


「そのステッキを自分に向けて呟けばいい。猫になれば呑気に生きれる。罪など気にせずに生きれるだろう」


 私はその瞬間、自分の運命を悟った。そしてそのステッキを自分に向けて……呟く。私は猫になって幸せな笑顔を手に入れられるだろうか?


「ねこねこね〜……」


 * *


「ニャー」


 幸せそうな表情を見せて、その猫は微笑んでいた。また、そこにいた人型の猫は、その精巧に作られた着ぐるみを脱いだ。


「……無事成功か」


 そこにもう一人の男。


「どうやらそのようですね」


「高井……元に戻れたか」


「はい、なんとか……猫の頃の記憶は思い出せませんけど」


 この二人はこの街の、政府機関幹部の二人である。また、高井と言われるこの人物、先ほどステッキを売った男である。人間に戻れたらしい。


「それにしても、この計画。やって正解でしたね。こんな危険人物をあぶりだせる」


「……ただでさえ人類はもう絶滅目前。この街にしか人類はいないのに、危険人物が一人でもいたらあっさり滅んでしまう」


「だから危険思想を持つ人間を事前に見つけ対処できるよう……餌を張ったわけですが、こうも上手くいくとは」


「……それにしても高井、お前が元に戻れたということは、猫にされた人間はみんな元に戻れたということか?」


「ええ、おそらく。この効果は二時間程度で切れるよう作ってますから。ただし、あのブレスレットをつけてない人間ならば……ですが」


「ということは彼女は永遠に猫のままか」


「そうです。害もない猫のまま……この街の平和のためです、仕方ありません。それに」


「それに?」


「ニャー」


「……幸せそうじゃないですか、彼女」


「……まあ、そうだな」

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