狂おしい繰り返しのあなたへ 後編

 風が切ない。


 三日月が見える。


 ほらまずはトラック、次に鉄骨、その次はナイフ野郎……


 ほらほら避けて、避けて、でもまた君はどうせ死んでしまう。ねえ、もう無理だよ……


 * *


「ご、ごめん。なんかちょっと酔ったみたいで」


「そう。ならもう時間だし帰ろっか?」


「ああ、そうしよう」


 居酒屋を出た。で、デジャブする会話を繰り返しながら道を歩いていった。そして例の坂道。ああ、上にある三日月は綺麗だ。ふと見えるのは分かれ道。


「あっ、じゃあね、また明日!」


 彼女はにっこり笑う。で僕は。


「うん、じゃあまた明日」


 手を振りバイバイ。僕は君を引き留めたりしないよ。


 * *


「諦めてないか?」


「……何がでしょう、神様」


「彼女を救うことをだ。もはや分かれ道から無理やり彼女について行くことすらやめてるじゃないか」


「……まあ確かにそうかもしれませんね。ええ、僕は彼女を救うことを諦めました」


「ではもうこの繰り返しは」


「いや、僕はまだこのループをやめる気はありません」


「……理解できない、なぜそんなことを」


「僕は、僕は。彼女が死ぬことを分かってるくせに、何もせず分かれ道でさよならを告げることに、ひどく罪悪感を感じています」


「では何かすればいいじゃないか! もしくはこのループをやめれば……」


「もう疲れてしまったのです。諦めました、運命に逆らうことに。どう足掻いても彼女は死ぬ運命なのでしょう。ですがこのループをやめる気はありません。このループの中にいる限りは、彼女に永遠に会うことができるのだから」


「だがそれはお前の自己満足だろう? その度、お前が彼女と出会うためにループを繰り返す度、彼女は死を経験しなくちゃいけない。それは苦ではないか? なんとも思わないのか?」


「……思いますよ。ですが、彼女に申し訳ないと思う気持ちよりも、彼女とできるだけ一緒にいたい気持ちの方が強いのです、神様」


「……狂ってる」


「ええ、そうでしょう。僕の愛は狂っているかもしれません。ですがそれでも……彼女を愛してるのですよ」


 また彼女は死んだ。

 また死んだ。

 ほらどうせ次も死ぬ。


 ああ、ごめんなさい、また僕が君と会うために君を死なせてしまった。痛いよね、つらいよね、でもね、それでも僕はこのループをやめる気になれないんだ。また次も君に会いたいと思ってしまうんだ。同じ仕草を見せる君、いや気のせいかループの度微妙に仕草や話すことが違う気もするけど、でもやっぱり変わらない君。それでも僕は飽きないや。飽きるどころかますます君への愛が深まるばかり。こんなワガママな僕を許しておくれ、君の死を代償に僕は永遠の君を手に入れた。


 改めて言うよ、この思い。そしてループの螺旋に呑まれないよう、強く心に込める。


 ありがとう、愛してるよ。


 永遠に終わることのない世界へ迷い込んだ

 狂おしい繰り返しのあなたへ


 送る思い……








 * *


「ご、ごめん。なんかちょっと酔ったみたいで」


「そう。ならもう時間だし帰ろっか?」


「ああ、そうしよう」


 居酒屋を出た。で、やっとデジャブする会話に気づいた私は運命を受け入れ道を歩いていった。そして例の坂道。ああ、上にある三日月は綺麗だ、でもふと見えるのは分かれ道。もうバイバイか。覚悟を決めて。


「あっ、じゃあね、また明日!」


 私はにっこり笑う。であなたは。


「うん、じゃあまた明日」


 そう笑うのだ。でも、とても苦しそうに笑うのだ。彼はどうやら私の運命を知っているらしい……


 ループを何千回、何万回と続けていれば、流石に私の方も違和感を感じてくる。そしてようやく気づいたのだ、居酒屋から私が死ぬまでの時間が幾度も繰り返されてることに。


 最初は、彼は私を救おうとしてくれていた。それはつまり、彼だけは、ループしてることに初めから気づいていたということだ。


 でも、とある時を境にして、彼はいつも通りの様子を見せた。私と普通の時を過ごしたいと決意したのだ。だから私も覚悟を決めた。私だって愛してる人と永遠にいられるならそれでいい、たとえその度死を経験してもだ。だから私だってループに気づいていないフリをして、大好きなあなたといつも通りの時を過ごそうとした……で1人の帰り道。思わず目を瞑る、そして死ぬ。


 で、気づけばまた居酒屋だ。


 怖い気持ちはある。だって彼がそこでループをやめてしまったら、私はそのまま死んでしまうことになる。無にいつの間にか帰ってるなんて怖い。だから、目を開けて居酒屋に私がいたとき、思わずほっとする。まだ私は生きてるって。彼は私を見捨ててないって。


 自分が何度も死ぬのに、それでも彼と一緒にいたいと思ってしまう、このループが終わらないことを願ってしまう……なんて気が狂ってるのだろうって思ったりする?


 ええ、その通り。


 彼は私が何度も死んでしまうことに相当心を病んでるだろう。申し訳ないと思う。でも、それでもループをやめないのだから、まあ彼も愛に狂ってるのだろうって、思う。


 ああ、今日も三日月が綺麗。また彼は苦笑いをする。ねえ……笑ってよ?


 心に収める、この思い。そしてループの螺旋に呑まれないよう、強く想いを込める。


 ありがとう、愛してるよ。


 永遠に終わることのない世界へ来てくれた

 狂おしい繰り返しのあなたへ


 送る思い……





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