アテリースマギサ
かいり
1話―①『入学』
焼け焦げた校舎。その中には壊れた机や物が散乱しており、服を身にまとった何かも、そこら中に転がっている。
その光景を見た者は、何を思うだろうか。悲しむのか。恐怖を感じるのか。おかしな奴は、喜ぶのかもしれない。それでも、大抵の人間はこう思うだろう。
「何があったのか」と。
これは、その「何」の話である。
救いようのない、愚かなる人間達の物語である―――。
*
「それでは皆さん、短い間ですが頑張りましょうね」
ちょうどピッタリ一時間。宣言通りではあったが、こんなはた迷惑な有言実行はしないでほしいもんだ。
壇上のスーツ男は、満足げに自分の席へと戻っていく。対照的に、黒い制服を身に纏う生徒諸君は疲労しきっていた。
当然だろう。俺達生徒が集められて、一時間ずっと奴のくだらない話を聞いていただけなんだ。時間の浪費もいいところだ。他の教員連中は一体何を考えているんだろうか。
「こっ虹坂理事長ありがとうございました! では時間も押しているので、これにて解散とします!」
スーツ男が座った傍でマイクを握る女は、慌てたように声を上げた。
ま、奴がこの『シルマ学園』の理事長だから、誰も文句は言えないんだろうな。
私立シルマ学園。夏期の三日間だけ開校される、
三日間と言っても、
このシルマ学園は、
―――というのを、まあ馬鹿正直に信じられるわけもない。
が、事実本当にそうだと思わざるを得ないものを見せつけられたから、異議を唱えようがない。まさか「あんなもの」があるなんて、俺だって夢にも思わなかった。
―――と、そんな学園に俺は入学した。だが俺自身は、ついてきたと言った方が正しい。本来なら、俺はいてもいなくてもどちらでも良いんだが、流石に「あの二人」を野放しにするのは不安しかなかった。
「アニキ! これからどこに行けばいいんだ?」
その内の一人が、隣にいるこいつ。黒髪に真っ赤な目を向ける、俺の双子の弟『
双子とは言っても、似ているのは体のつくりだけで、性格や表情はまるで違う。唯一異なる身体的違いは、目の色だ。朱兎は赤い瞳だが、俺は青。何故そうなったかは遺伝子に訊くんだな。
「割り振られた自室に行くんだ。お前はたしか……」
「三〇七号室!」
「そうか。俺は二〇四号室だからな」
「えっ⁈ 二人ちがうへやなの⁈」
背後からにゅっと顔を出してきたこいつ。こいつこそ、もう一人の不安因子だった。
黒いショートヘアに黄色い目、小柄な体の『
そう。シルマ学園に来る羽目になったのも、こいつのせいだった。
「ふたごなのに?」
「双子関係無いだろ」
「オレ、アニキとがよかったー!」
「
「部屋になんてほとんど行かねぇよ」
「そっかあ! オレもそうしよ!」
「うわー……」
蘭李が苦笑いを浮かべる。お前こそ知らない奴と一緒で大丈夫なのかよ―――そう訊き返すと、蘭李は焦ったように「だっ、だいじょうぶだし! ぐ、ぐもんだよ!」と強がって答えた。
絶対大丈夫じゃねぇなこれ。ま、俺の知ったこっちゃないか。
蘭李は魔力者であるが、家族は魔力者ではない特殊な家系だった。聞けば、親戚等も皆魔力者ではないらしく、なかなか珍しい存在だ。
恐らく、魔力者家系の
「このあと、じゅぎょうだよね?」
人の流れに乗りながら講堂から出ると、蘭李はプリントを見ながら呟いた。朱兎もそれを横から覗き見る。
「ああ。レベルごとに分かれてな」
「うー……きんちょうする……あたし、どこかなぁ……」
「お前はどうせ一番下だろ」
「うっ……わ、分かんないよ! まだ!」
蘭李がぐしゃりとプリントを握った。
事前に受けたテストによって、生徒はそれぞれクラスに分けられる。発表はこの後だが、絶対にこいつは底辺クラスだろう。だからこそ、この学園に来たわけだし。
ハッキリ言って、蘭李は弱い。魔力者の家系じゃないから仕方無いと言えばそれまでだが、とにかく弱い。せっかく魔具も持ってるっていうのに、まるで使いこなせてない。逆に、よく今まで生きてこれたと、感心さえする。
だから俺はこいつを、このシルマ学園に放り込んだ。ここなら否応なく強くなれると思ったからだ。ついでに朱兎も鍛えておこうと思い、結果俺達三人は入学したというわけだ。
「そう言う蒼祁はどうなんだよ!」
蘭李がギロリと睨み上げてくる。訊くまでもないことを。
「一番上に決まってんだろ」
「ふふーん! そんなこと言って、ちがったらどーするの⁈」
「土下座してやるよ」
「おっ? 言ったね⁈ 今きいたからね⁈ 土下座してね⁈」
「違ったらな」
「やったー! 土下座だー!」
蘭李が万歳で騒ぎ出す。まだ決まってないっていうのに、はしゃぎやがって。
よく理解せずに朱兎まで騒ぎ始めたから、首根っこを鷲掴んで大人しくさせた。
俺が一番上のレベルから外されるなんて、まず有り得ない。俺を誰だと思っているんだ。こいつだって分かってるはずだろ?
俺が、
――――――なんて思ってた俺が馬鹿みたいじゃねぇか、この野郎。
「イェーイ! 土下座! ど・げ・ざ!」
耳元でどんちゃん騒ぎを起こす馬鹿を今すぐ握り潰したい。理解もしてないで一緒に騒ぐ朱兎も張り倒したい。
馬鹿はチラチラ俺の顔を見ては、「あれっ? なんだっけ? 一番上にきまってる、だっけ?」などと、くそムカつくにやけ顔を向けてくる。腹立つその顔。殴ってやろうか。
「うるせぇんだよ、黙れ」
馬鹿と朱兎の顔を鷲掴みにした。馬鹿―――もとい蘭李は、バタバタと両腕を動かした。
「いたたたたッ! ぼーりょくにうったえるの⁈ 自分で宣言しておいて!」
「こんなの間違いに決まってんだろ」
「いたいよー! アニキー!」
フッと手を離した。痛いと泣いた朱兎だが、手を離せば、まるで何事も無かったかのようにニコニコと俺を見てくる。一方の蘭李は、指が食い込んでいた場所をさすりながら睨んできた。
これは間違いだ。だから俺は土下座などしない。絶対に―――。
クラス分けがポスターで貼り出され、俺は見間違いかと何度も見直した。しかし現実は変わることはなく、俺の名前はこの底辺クラスの欄に記載されていた。
―――有り得ない。おかしい。俺がこんな底辺なわけがない。
仮に、もしも仮に一番上のクラスから外されたとしても、だ。そんなことも有り得ないが、そうだとしても二番目とか三番目とか、そこら辺に入れられるはずだろ。なんでいきなり底辺クラスなんだ。ふざけんじゃねぇぞ。
ちょうどその時、教室に教員が入ってきた。俺はすぐさま席から立ち、ズカズカとそいつに詰め寄った。
「おい、なんで俺がこのクラスなんだ」
「ヒッ……!」
睨み上げると、眼鏡の男は小さな悲鳴を上げた。いかにもひ弱そうな男だ。簡単に脅せそうだな。
男はぎこちない動きで、持っていた本をパラパラとめくり始める。
「きっ、君は……かっ、
「ああそうだ。俺がこのクラスなのはお前らのミスだろ?」
「えっ⁈ えっ、えーっとお!」
男は慌てて本に視線を落とし、そして俺を見る。チラチラと何度もそれを繰り返し、申し訳なさそうに言葉を絞り出した。
「たっ、たしかに技術は文句なしなんだけどね……」
「じゃあなんだよ。他に何の文句があんだよ」
「いやっ、あっ、あの………せっ、性格に……問題が……」
――――――――あ? 性格?
「じ、事前のテストではですね、戦闘技術面と性格面、主に協調性を調べておりまして……その……あの……なので……」
いくら強くても、性格に難があるあなたは、この一番下のクラスなのです………。
その瞬間、始業を告げる鐘と馬鹿の笑い声が、教室中に響き渡った。
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