アテリースマギサ

かいり

1話―①『入学』

 焼け焦げた校舎。その中には壊れた机や物が散乱しており、服を身にまとった何かも、そこら中に転がっている。

 その光景を見た者は、何を思うだろうか。悲しむのか。恐怖を感じるのか。おかしな奴は、喜ぶのかもしれない。それでも、大抵の人間はこう思うだろう。

「何があったのか」と。



 これは、その「何」の話である。





 救いようのない、愚かなる人間達の物語である―――。



「それでは皆さん、短い間ですが頑張りましょうね」



 ちょうどピッタリ一時間。宣言通りではあったが、こんなはた迷惑な有言実行はしないでほしいもんだ。

 壇上のスーツ男は、満足げに自分の席へと戻っていく。対照的に、黒い制服を身に纏う生徒諸君は疲労しきっていた。

 当然だろう。俺達生徒が集められて、一時間ずっと奴のくだらない話を聞いていただけなんだ。時間の浪費もいいところだ。他の教員連中は一体何を考えているんだろうか。



「こっ虹坂理事長ありがとうございました! では時間も押しているので、これにて解散とします!」



 スーツ男が座った傍でマイクを握る女は、慌てたように声を上げた。

 ま、奴がこの『シルマ学園』の理事長だから、誰も文句は言えないんだろうな。



 私立シルマ学園。夏期の三日間だけ開校される、魔力者まりょくしゃの為の魔法学校。魔法や戦闘に長けた優秀な教員が集まっていると言われ、数年前から始まったものの、その人気は着実と上がっていた。

 三日間と言っても、実質三ヶ月間の・・・・・・・授業期間がある・・・・・・・


 このシルマ学園は、本来の時の流れとは・・・・・・・・・少しずれている・・・・・・・。ここでの三ヶ月は、現実での三日間と変わらない。


 ―――というのを、まあ馬鹿正直に信じられるわけもない。

 が、事実本当にそうだと思わざるを得ないものを見せつけられたから、異議を唱えようがない。まさか「あんなもの」があるなんて、俺だって夢にも思わなかった。


 ―――と、そんな学園に俺は入学した。だが俺自身は、ついてきたと言った方が正しい。本来なら、俺はいてもいなくてもどちらでも良いんだが、流石に「あの二人」を野放しにするのは不安しかなかった。



「アニキ! これからどこに行けばいいんだ?」



 その内の一人が、隣にいるこいつ。黒髪に真っ赤な目を向ける、俺の双子の弟『朱兎しゅと』。

 双子とは言っても、似ているのは体のつくりだけで、性格や表情はまるで違う。唯一異なる身体的違いは、目の色だ。朱兎は赤い瞳だが、俺は青。何故そうなったかは遺伝子に訊くんだな。



「割り振られた自室に行くんだ。お前はたしか……」

「三〇七号室!」

「そうか。俺は二〇四号室だからな」

「えっ⁈ 二人ちがうへやなの⁈」



 背後からにゅっと顔を出してきたこいつ。こいつこそ、もう一人の不安因子だった。

 黒いショートヘアに黄色い目、小柄な体の『華城はなしろ蘭李らんり』。背には常に「魔具」の剣『コノハ』を背負っている。

 そう。シルマ学園に来る羽目になったのも、こいつのせいだった。



「ふたごなのに?」

「双子関係無いだろ」

「オレ、アニキとがよかったー!」

蒼祁そうき、だいじょうぶなの? しらない人と同じへやなんて」

「部屋になんてほとんど行かねぇよ」

「そっかあ! オレもそうしよ!」

「うわー……」



 蘭李が苦笑いを浮かべる。お前こそ知らない奴と一緒で大丈夫なのかよ―――そう訊き返すと、蘭李は焦ったように「だっ、だいじょうぶだし! ぐ、ぐもんだよ!」と強がって答えた。

 絶対大丈夫じゃねぇなこれ。ま、俺の知ったこっちゃないか。

 蘭李は魔力者であるが、家族は魔力者ではない特殊な家系だった。聞けば、親戚等も皆魔力者ではないらしく、なかなか珍しい存在だ。

 恐らく、魔力者家系の始まり・・・となる「突然変異体」なんだろう。



「このあと、じゅぎょうだよね?」



 人の流れに乗りながら講堂から出ると、蘭李はプリントを見ながら呟いた。朱兎もそれを横から覗き見る。



「ああ。レベルごとに分かれてな」

「うー……きんちょうする……あたし、どこかなぁ……」

「お前はどうせ一番下だろ」

「うっ……わ、分かんないよ! まだ!」



 蘭李がぐしゃりとプリントを握った。

 事前に受けたテストによって、生徒はそれぞれクラスに分けられる。発表はこの後だが、絶対にこいつは底辺クラスだろう。だからこそ、この学園に来たわけだし。

 ハッキリ言って、蘭李は弱い。魔力者の家系じゃないから仕方無いと言えばそれまでだが、とにかく弱い。せっかく魔具も持ってるっていうのに、まるで使いこなせてない。逆に、よく今まで生きてこれたと、感心さえする。

 だから俺はこいつを、このシルマ学園に放り込んだ。ここなら否応なく強くなれると思ったからだ。ついでに朱兎も鍛えておこうと思い、結果俺達三人は入学したというわけだ。



「そう言う蒼祁はどうなんだよ!」

 蘭李がギロリと睨み上げてくる。訊くまでもないことを。

「一番上に決まってんだろ」

「ふふーん! そんなこと言って、ちがったらどーするの⁈」

「土下座してやるよ」

「おっ? 言ったね⁈ 今きいたからね⁈ 土下座してね⁈」

「違ったらな」

「やったー! 土下座だー!」



 蘭李が万歳で騒ぎ出す。まだ決まってないっていうのに、はしゃぎやがって。

 よく理解せずに朱兎まで騒ぎ始めたから、首根っこを鷲掴んで大人しくさせた。

 俺が一番上のレベルから外されるなんて、まず有り得ない。俺を誰だと思っているんだ。こいつだって分かってるはずだろ?



 俺が、異形いけい魔法『創造』を使う「異形魔力者」だってことくらいは。





 ――――――なんて思ってた俺が馬鹿みたいじゃねぇか、この野郎。





「イェーイ! 土下座! ど・げ・ざ!」



 耳元でどんちゃん騒ぎを起こす馬鹿を今すぐ握り潰したい。理解もしてないで一緒に騒ぐ朱兎も張り倒したい。

 馬鹿はチラチラ俺の顔を見ては、「あれっ? なんだっけ? 一番上にきまってる、だっけ?」などと、くそムカつくにやけ顔を向けてくる。腹立つその顔。殴ってやろうか。



「うるせぇんだよ、黙れ」



 馬鹿と朱兎の顔を鷲掴みにした。馬鹿―――もとい蘭李は、バタバタと両腕を動かした。



「いたたたたッ! ぼーりょくにうったえるの⁈ 自分で宣言しておいて!」

「こんなの間違いに決まってんだろ」

「いたいよー! アニキー!」



 フッと手を離した。痛いと泣いた朱兎だが、手を離せば、まるで何事も無かったかのようにニコニコと俺を見てくる。一方の蘭李は、指が食い込んでいた場所をさすりながら睨んできた。

 これは間違いだ。だから俺は土下座などしない。絶対に―――。


 クラス分けがポスターで貼り出され、俺は見間違いかと何度も見直した。しかし現実は変わることはなく、俺の名前はこの底辺クラスの欄に記載されていた。

 ―――有り得ない。おかしい。俺がこんな底辺なわけがない。

 仮に、もしも仮に一番上のクラスから外されたとしても、だ。そんなことも有り得ないが、そうだとしても二番目とか三番目とか、そこら辺に入れられるはずだろ。なんでいきなり底辺クラスなんだ。ふざけんじゃねぇぞ。


 ちょうどその時、教室に教員が入ってきた。俺はすぐさま席から立ち、ズカズカとそいつに詰め寄った。



「おい、なんで俺がこのクラスなんだ」

「ヒッ……!」



 睨み上げると、眼鏡の男は小さな悲鳴を上げた。いかにもひ弱そうな男だ。簡単に脅せそうだな。

 男はぎこちない動きで、持っていた本をパラパラとめくり始める。



「きっ、君は……かっ、神空かみぞら蒼祁くん……かな⁈」

「ああそうだ。俺がこのクラスなのはお前らのミスだろ?」

「えっ⁈ えっ、えーっとお!」



 男は慌てて本に視線を落とし、そして俺を見る。チラチラと何度もそれを繰り返し、申し訳なさそうに言葉を絞り出した。



「たっ、たしかに技術は文句なしなんだけどね……」

「じゃあなんだよ。他に何の文句があんだよ」

「いやっ、あっ、あの………せっ、性格に……問題が……」





 ――――――――あ? 性格?





「じ、事前のテストではですね、戦闘技術面と性格面、主に協調性を調べておりまして……その……あの……なので……」



 いくら強くても、性格に難があるあなたは、この一番下のクラスなのです………。





 その瞬間、始業を告げる鐘と馬鹿の笑い声が、教室中に響き渡った。

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