2話―①『変わり者』
「昨日はお楽しみだったんだね~?」
食堂から教室へ向かい、適当な席に着くと、背後からにゅっと顔を覗かせる桜井に捕まった。ニヤニヤと桃色の目を光らせ、口元に手を当てている。そんな桜井を、俺は睨み付けた。
「どこをどう見てそんな発想になるんだ」
「だって押し倒されて……キャーっ! 蒼祁クンってそんな性格して受け(・・)だったんだね!」
「変態は黙れ」
だが、脳内暴走娘がそう簡単に収まるわけもなく。キャーキャーうるさいから、仕方無く席を移動した。窓側の前方付近―――そこには蘭李とコノハが既に座っていた。机にはカンテラが置かれており、蘭李はじっとそれを睨んでいる。
「ポースフォス・フォティゾォ!」
半泣きしながらも蘭李は呪文を叫ぶが、カンテラは光る気配すらなかった。隣のコノハは、呆れ顔で頬杖をついている。
「もう諦めなよ」
「やだあ! あたしだって魔法つかいたいもん!」
えぐえぐと泣きながら再び呪文を唱える蘭李。俺の後ろから飛んできた朱兎も何故か泣き始め、「頑張れー! 蘭李ー!」などと叫んだ。騒がしすぎる。
朱兎の頭を押さえつけ、蘭李を見下ろした。
「おい、そんな無闇やたらにやったって意味ねぇよ」
「むやみやたらじゃないもん! ちゃんとかんがえてるもん!」
「アニキー! 助けてやってよー!」
「無理」
「あ、あの……」
ちょんちょんと頭をつつかれた気がして振り向くと、黒ノ瀬が気まずそうに立っていた。
「そ、そろそろ朝のホームルームを……」
「まって! あとちょっとでできる気がするから!」
「気がするだけだろ」
ただをこねる蘭李から無理矢理カンテラを取り上げた。蘭李と、ついでにコノハに睨まれる。特に後者の睨みは物凄い。相当俺のことが嫌いみたいだ。
俺は蘭李の後ろに着席した。朱兎は通路を挟んで右隣に座る。安堵したような黒ノ瀬が、教卓に戻ってぐるりと教室内を見回した。
「お、おはようございます。今日も一日頑張りましょうね」
「はーい!」
「今日こそは魔導石使えるようになるぜ!」
「才能無いあんたには無理じゃん?」
「はあ⁈」
「いきなり喧嘩しないでくださいー!」
藍崎と夕飛の険悪さも、黒ノ瀬の不慣れ感も、茶々目の睡眠具合も、昨日同様だ。改めて、何故俺がこのクラスにぶちこまれたのかが分からない。この完璧な俺が。
「さて……今日は物を動かす魔法をやります」
「楽しそうー!」
「や、やりたい……! やりたいよ……!」
「それでは見ていて下さい」
黒ノ瀬がボールペンを見せ、教卓の上に置く。それを指差しながら、黒ノ瀬は呪文を唱えた。
「『プラーグマ・キニシ』!」
次の瞬間、ボールペンは宙に浮いた。黒ノ瀬の指先と一定の距離を保ちながら、時折くるくると回る。蘭李や桜井は歓声を上げた。
「すごーい!」
「それでは皆さん、どうぞ」
「よーし! やるぞー!」
さっきまでべそをかいていたとは思えない程元気な蘭李。どうせこれも出来なかったら泣き出すんだろうなあ。面倒くさい奴。
俺は立ち上がり、窓辺に置いてあった呪文書の前に立つ。左手で魔導石を握り締め、右手でそれを指差した。
「プラーグマ・キニシ」
呪文書は、ごく自然に浮いた。
「えー⁈ すご! 蒼祁!」
「さっすがアニキー!」
「凄いです神空君……! これは質量に比例して難易度が上がる魔法なんですけど……」
だから、俺はこんな底辺にいるような実力じゃないんだよ。こんなの簡単すぎて話にならない。
そう言うと、何故か蘭李はやる気を出し始めた。
「あたしもがんばるー!」
「お前には無理だと思う。いや思うじゃない。無理だ」
「そんなの分かんないじゃん! 断言しないでよ!」
と意気込んだものの、結局―――。
「うわああああん! できないよおおおお!」
蘭李は習得出来ずに、午前の授業は終わった。
「なんで⁈ なにがいけないの⁈」
「根本的に才能無いんだよ、お前」
「でもみんなできてるのに!」
「だから、こいつらには才能があってお前には無いんだって」
「ううっ……」
また泣きそうになってやがる。泣き虫娘め。年齢と、それから妹っていう環境のせいか? 朱兎も弟で結構な泣き虫だし……。
―――俺の言葉がキツいわけではないよな。
「蘭李ちゃん! 元気出して! お昼食べに行こ!」
「うん………」
桜井に連れられ、蘭李は教室を後にした。もちろんコノハもついていき、ついでに藍崎も一緒に行った。他の連中も、各々教室から出ていく。茶々目だけは、未だ眠りについていた。朱兎が俺の顔を覗き込んだ。
「アニキー。どうする?」
「蘭李についていけば?」
「アニキはいいの?」
「いいよ。さっさと行ってこい」
「うん!」
満面の笑みで頷き、朱兎は教室を飛び出していった。俺は呪文書を開き、軽く目を通す。
一日一呪文のペースだと、俺には暇すぎる。こうなったら呪文全て丸暗記して、俺をこのクラスに入れたことを教師連中に後悔させてやる。
「…………ん?」
ふと、目に留まった一つの魔法。『時空移動魔法』と書いてあった。
時空移動って、時間と空間―――過去に戻れるってことか? 更に言うと、未来にも行けるってことなのか?
そんな魔法、ただの人間に使えていいものなのか? 時を司るのは四神だと言われている。四神は四方を司る
その神の力を、もし普通の人間に使えてしまったら―――。
「―――『クロ・コーロス・キニマ』」
何も起こらなかった。残念に思ったと同時に、安堵してしまった。
もう過去には戻りたくない。もうあの頃には戻りたくない。
俺はもう、『あいつ』から解放されてるんだ―――。
「………………チッ」
思わず思い出してしまい、舌打ちがこぼれた。
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