1話―④『ルームメイト』

 結局、蘭李と藍崎と桜井は魔法を習得出来ずに、今日の授業は終わった。食堂で夕飯を済ませて大浴場で風呂に入り、俺は休憩スペースに来た。隣に座る朱兎は、楽しそうに魔導石を眺めている。



「早く他の魔法もやってみたいなー!」

「ほう。お前も魔法の楽しさに目覚めたか?」

「うん! 使えると楽しいね!」



 無邪気に笑う朱兎。

 こんなこと言っているけど、こいつだって普段から魔法を使っているんだけどな。

 朱兎は俺と違って、特殊魔法「強化」の持ち主だ。その名の通り、パワーやスピード等の能力を強化出来る魔法。何度も言うが、なんで双子なのに異なる属性なのかは遺伝子に聞け。

 で、朱兎はその強化魔法をごく自然に使っている。逆に自然すぎて、使っているという意識が無いらしい。だからこその発言だった。

 ある意味こいつは天才だ。そういう面は俺と一緒なんだがな。



「あっ、蒼祁と朱兎だ」



 ちょうど前を通りすぎようとしていたのは蘭李だった。傍にはコノハもついており、思いっきり睨まれた。

 俺はどうもコノハに嫌われているらしい。まあ、当然といえば当然なんだろうがな。ちなみに俺は嫌ってなどいない。大人だからな。いちいち一つの悪意に相手するほどガキじゃないんだよ。

 蘭李とコノハがこっちへ来る。コノハは緑色の目を鋭く光らせ、静かに口を開いた。



「底辺に落とされた自称最強じゃん」



 ―――まあ、俺は大人だからな。感情的になって怒るとかそういうことはしねぇんだよ。大人だからな。



「くっ……何回思い出してもおもしろくてわらう……!」



 蘭李がクツクツと笑う。

 怒ってねぇからな? ただイラッときただけだ。いくら古傷を抉られようが、俺はガキを相手にしたりしないからな。



「『一番上にきまってるだろ』って! あんなに言ってたのに! まさかの一番下!」

「お笑い目指した方がいいんじゃないの?」

「……………」



 ―――――――――――バンッ



「いったぁあああああ⁈ なにすんの⁈」

「は? うっかり手が当たっただけだろ」



 蘭李が頭を押さえて怒鳴る。

 あろうことかこの馬鹿、うっかり・・・・俺の右手が頭に当たったことを、俺のせいにしやがった。ふざけんな。手が滑っただけだ。決してムカついてわざと叩いたわけじゃない。



「そうやって都合わるくなったら力でおさえつける!」

「押さえつけてねぇだろ」

「朱兎! アニキに何か言ってやってよ! そんなことしてカッコわるくないのかって!」

「えっ?」



 突然話を振られた朱兎は、赤い目を丸くして首を横に傾けた。パチパチと何回かまばたきをし、ちらりと俺を見て、蘭李に向き直って一言。



「アニキはかっこいいよ!」



 予想通りの回答だった。



「ちがーう! そうじゃないでしょ! アニキ! カッコわるいよでしょ!」

「え? なんで? アニキかっこ悪くないよ?」

「だよな。流石俺の弟」

「えへへー」



 朱兎の頭を撫でると、嬉しそうに笑った。蘭李はため息を吐き、頭を抱える。



「こんなブラコンに助けを求めたのがまちがいだった……」

「ブランコ?」

「ブラコン! もういいや! いこ! コノハ!」



 蘭李が怒りながら去っていく。最後に一睨みしたコノハもついていった。朱兎は笑顔で手を振って見送る。俺は椅子の背にもたれて目を閉じた。

 ふん。ガキだな。やっぱりいちいち相手にする程じゃない―――。



「やあ! 底辺クラスの・・・・・・神空君・・・!」

「……………」



 誰だ。今度は。いい加減静かに休ませろ。

瞼を開けると、顔面のどアップがあった。幼い顔立ちで、紫色の髪を垂らす少年。



「………誰だてめぇ。離れろ」

「え? 僕だよ、僕!」



 にひひっと笑う少年。その何とも言えない苛つく顔には、たしかに覚えがあった。

 そう。俺と同じ部屋に割り振られた、あのガキ―――。



「思い出した?」

「何しに来た用は無い離れろ失せろ」

「そんなに捲し立てないでよ」



 少年は頬を膨らませ、渋々顔を離した。そのまま俺の右隣に座り、テーブル上で頬杖をついて俺達を眺めてくる。まとまりの無い髪が垂れた。



「ね、僕の名前覚えてる?」

「知らねぇな。知る理由も無いな。さっさと消えろ」

「えー、ルームメイトだよ? 一文字でもいいから、ほら! 思い出して!」

「そもそもお前名乗ってねぇだろ」

「え?」



 ぽかんとする少年。しばらく静止し、思い出したかのようにポンと手を叩いた。



「ああ! そういえばそうだったね!」

「馬鹿に用は無い」

「えへへ、ごめんごめん。僕はシノ」



 聞いてもいないのに勝手に名乗り、服のポケットから一枚の紙を取り出した。『紫乃』と書かれており、朱兎が興味津々に覗き込んだ。



「よろしくね」

「よろしくも何も俺は部屋に帰らないからな」

「え? なんで?」

「お前がいるからだよ」

「え?」



 紫色の目を丸くする『紫乃』。よくよく見るとこいつ、蘭李と同じくらいか? 全体的に幼いし、声もそれほど低くない。

 しばらくぽかんとした後、紫乃はくすりと笑った。



「もしかして神空君、僕のこと女の子だと思ってる?」

「……………」



 ―――――――――――バンッ



「いったーい! 何するの⁈」

「は? うっかり手が当たっただけだろ」



 涙目で自分の頭をさする紫乃。見物している朱兎は面白そうに笑い、紫乃はそんな朱兎に怒った。



「笑わないでよー!」

「だって面白いんだもん!」

「流石、俺の弟」

「えへへー」

「く、くそお……神空君ってこんな性格だったんだ……」



 ぼそりと呟く紫乃。幻滅したか。それなら早く消えろ。

 ―――と、言いたいところだが。これだけは訊いておこう。



「おい」

「何? また手が滑るの? やめてよね。ギャグが滑るなら許すけど」



 自身の頭を優しくさする紫乃を睨み付けた。



「お前なんで俺の名前知ってるんだ?」



 沈黙が流れた。紫乃は、いかにも「まずい!」といったような表情になる。

 こいつとはたしかに部屋で会ったが、それはほんの一瞬だったから自己紹介なんてしてるはずがない。するつもりもないが。それにクラスメイトでもない。

 ならばどこで俺の情報を手に入れたのか。可能性があるのは、こいつの担任か、俺達が教室に入るのを見たか……。



「え、えーっと……」

「担任か?」

「え⁈ うっうんそう! 担任!」

「嘘だな」

「ちっ違うよぉー! 何言ってるの⁈ 神空君!」

「じゃあ今からそいつの所へ連れていけ」

「え⁈」



 だらだらと汗をかきはじめる紫乃。

 こいつ……分かりやすい。下手したら蘭李や朱兎よりも顔に出てるぞ。



「だっ、ダメだよ! ほら、先生だってもう寝てるだろうし!」



 必死に理由を述べて時計を指すが、まだ二十一時だ。こんな時間に寝る人間は少数派なんだよ。



「訪ねる価値はある」

「でもさ! 疲れてるだろうしさ!」

「確かめに行くだけだろ」

「ダメーっ!」



 立ち上がった俺に突然、紫乃が思いっきりタックルをしてきた。あまりに予想外の力に、バランスを崩して倒れる。紫乃は、冷たい床上で仰向けになった俺に被さり、必死に腕を押さえつけてきた。



「ダメだよ! 行っちゃダメ!」

「何でだよ。じゃあどこで俺を調べたんだ?」

「そ、それは……」

「――――――神空くん?」



 聞き覚えのある声。視線だけ向けると、肩からタオルをかけ、濡れた黒髪を下ろす桜井がいた。

 ――――――まずい気がする。



「おい桜井―――」

「―――へぇえええええ! そうだったんだあ! へぇえええええ!」



 突然叫び、にやにやしながら俺と紫乃を交互に見る桜井。心なしか、桃色の目はキラキラと輝いているように見えた。

 ―――なんだその反応は。激しく勘違いされてる気がするぞ。



「おいっ―――」

「あっゴメンね! じゃあワタシ行くね! どうぞごゆっくり~~~!」



 止める間もなく。桜井は満面の笑みで去っていった。紫乃は呆然とそれを眺め、朱兎は手を振って見送る。俺は激しい絶望感に浸っていた。

 あいつ、絶対勘違いしてるし言いふらすに決まってる。ふざけんな。俺は至ってノーマルだ。というか俺が押し倒されてんだぞ。紫乃の方を茶化せよ。何なんだよあいつ。あいつも俺を嫌ってるのか?



「………桜井さんは元気だね」



 紫乃がぽつりと呟く。その発言に、俺は眉を潜めた。

 俺が桜井を呼んだからか、はたまたもともと知っていたのか―――どちらにせよ、この紫乃とかいうガキには要注意かもしれないな。



「神空君もそう思うでしょ?」

「お前のせいでああなったんだぞ。どうしてくれる」

「え? なんで?」

「……お前、本気か?」

「?」



 ぽかんとする紫乃。マジで分かってないのか。質が悪すぎる。思わず溜め息がこぼれた。

 紫乃に離れるように促す。渋々俺から退いた紫乃は、警戒するように紫色の視線を向けてきた。



「もう行かねぇよ」

「本当?」

「多分な」

「~ッ!」

「ほら、さっさと部屋に帰れよ。双子の時間を邪魔するんじゃねぇ」

「えー。神空君同じ部屋じゃん。一緒に行こうよ~一緒に寝ようよ~」

「断る」



 桜井がいる傍でこいつに会うのは厳禁だな。馬鹿騒ぎされかねない。

 何度か問答を繰り返し、やっとのことで紫乃は一人で帰っていった。まるで嵐が去ったかのようになり、疲労感が一気に増した。



「何なんだよあいつ……馴れ馴れしくしやがって……」

「きっとアニキのこと好きなんだよ!」

「そういうことを言うのやめろ。また外野がうるさくなる」



 起き上がり、椅子に座り直す。朱兎はニコニコしながら俺の顔を窺った。



「ちょっと蘭李に似てるね!」

「どこをどう見たらそうなるんだ?」

「うーん、何となく!」

「何となくかよ」

「うん! でもさ……」



 真っ赤な目を光らせる朱兎は、いつもとは違った妖しい笑みを浮かべた。



何となく・・・・って、馬鹿に出来ないでしょ?」



 ――――――あぁ、そうだったな。

 こいつは、何となく・・・・で生きている人間だった。



 こいつの何となく・・・・は、馬鹿には出来ない。



「でも今回のは同意出来ないな。全然似てない。似てる気配も無い」

「ええー? そうかなー?」



 そんな会話を続け、いつの間にか朱兎は眠ってしまった。テーブルに突っ伏して、気持ち良さそうな顔で寝息を立てている。俺は自分の魔法で毛布を作り、それを朱兎にかけた。





 ――――――いいよ。ころしても。





「チッ……」



 不意に思い出した。思わず舌打ちし、頭を押さえる。



 もう終わったことだ。もうあの頃じゃないんだ。

 もう縛られなくていいんだ―――。



「………寝るか」



 椅子にもたれて腕を組み、瞼を閉じる。

『あいつ』は嫌いだが、どんな状況でも眠れるように教育してくれたことに対しては、少しばかり感謝だ。

 まあそれでも、深い眠りにつけなくなったのは許せないけどな………――――――。



 そして俺も、意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る