1話―③『魔法』
「それではまず、基礎的な魔法からやってみましょう」
黒ノ瀬は教卓の上に一つのカンテラを置いた。次に、手の内の魔導石を俺達に見せ、それをぎゅっと握った。
「ポースフォス・フォティゾ!」
すると、カンテラの中に光が灯った。教室内でわっと歓声が上がる。
「すごーい!」
「今のが呪文⁈」
「そうです。皆さんもやってみて下さい」
各自にカンテラが配られた。受け取り、魔導石を眺める。
勝手がいまいちよく分からないが、いつも通りにやってみるか。魔導石を左手で握り、右の手のひらをカンテラに添えた。
「ポースフォス・フォティゾ」
そう唱えると、カンテラに光が灯った。
なんだ。案外簡単なもんだな。いつもの魔法に呪文が追加されただけだ。
しかし、そう考えると呪文は面倒だな……省略出来たら楽なんだが。
「えっえええ⁈ そっ蒼祁⁈」
突然、蘭李が俺を指差しながら驚いた。朱兎や他の奴等も、続けて似たような反応をする。
なんだいきなり。しかもこれは魔法に驚いているというより―――俺に驚いている?
「なんだよ」
「かっかかかかかみ!」
「かみ?」
「かみのけ! かがみかがみ……」
「ホラ!」
桜井が鏡を見せてきた。覗き込むと、
「は?」
桜井から鏡を奪い取った。そこに映っているのは、青い髪と目の男。姿見はまさに俺だったが、俺の髪は黒色だ。染めた覚えもないし、そもそも染める気すらない。それに、もし染めるなら金髪がいい。青髪になんて誰がなるか。
……それはどうでもいい。
もしやと思い、俺は黒ノ瀬を睨んだ。
「おい、まさか………」
「ヒイッ! あっあの……言い忘れてただけでっ……! じっ実は……魔導石を使用すると、髪の色が変わるのです……」
語尾が小さくなっていき、教室内に静寂が広がった。蘭李達は目を丸くしている。流石に無理ない。俺とて驚いている。
何なんだこの仕様は。どっかの漫画の世界か何かか。ふざけてんのか。
俺の怒りが通じたのか、黒ノ瀬が申し訳なさそうに言葉を絞り出した。
「げ、原理はよく分かっていないのですが……な、なので、演習で魔法を使う時は、皆さんにこれを被ることを義務付けているんです……」
黒ノ瀬は黒い帽子を取り出した。所謂『魔法使いのとんがり帽子』で、俺達はそれを渋々受け取った。
こんなもの被れってか……女でもないのに……というか原理が分かってないって、そんな不明瞭なものを使わせるのかこの学園は。
そう思っていると、「んん?」と呟いた桜井が首を傾げた。
「なんでゴマセンセーはそのままなの?」
「わ、私は黒色に変わるらしく……あの、だから変化が分からないらしいのです……」
「えーそういうこともあるんだねー」
しかも変わる色はランダムか。ということは、黒ノ瀬の魔導石を使えば黒髪のままなのか?
俺は黒ノ瀬に詰め寄り、魔導石を奪い取った。慌てふためく黒ノ瀬をよそに、呪文を唱えてみる。鏡を見ると、さっきと同じように青髪の俺しか映ってなかった。
「チッ」
「アッハハハ! 残念だったな! 神空!」
「蒼祁あきらめなよー! いいじゃん! 色かわるの! アニメみたいで!」
「変わるなら金髪が良かったんだよ」
「えー似合わなそー」
「にあわないにあわない!」
ギロリと睨むと、笑いながら桜井と蘭李は逃げていった。
そんなことしてる暇あるならさっさと魔法使ってみやがれ。そう言うと、蘭李は腰に手を当て「ふふん!」と得意そうに息を鳴らした。
「見てなよ! 自分の魔力じゃないならカンタンだし!」
「どうだか」
「蘭李がんばれー!」
蘭李がカンテラを机に置く。茶々目を除いた全員の視線が集中する。蘭李は魔導石を左手で握りしめ、深呼吸をした。ゆっくり眼を開き、口を開いた。
「ポースフォス・フォティゾ!」
しかし、何も起こらなかった。
「あれ……? おかしいな……ポースフォス・フォティゾ!」
何度も唱えるが、光が灯る気配すらない。まあ、予想通りだが。
「先生! これ不良品だよ! たぶん!」
「ええええっ⁈」
ついに魔導石のせいにしやがった。そんなわけねぇだろ。
戸惑う黒ノ瀬にさらに迫る蘭李。俺は歩み、蘭李の持つ魔導石を取った。
「ポースフォス・フォティゾ」
俺が唱えると、カンテラは光を宿した。唖然とする蘭李に、嘲笑混じりに言い放ってやった。
「これがお前の実力だよ」
「~~~ッ! むっかつく~~~ッ!」
蘭李は俺から魔導石を奪い取り、再び呪文を唱え始めた。
普段魔法を使ってないんだから、魔導石でだって使えないのは当然だろう。しかも普通のより難しいって言われてるんだ。逆に使えたら怖ぇよ。
「アニキー、どうやってやるんだー?」
ちょんちょんと背中をつつかれた。振り向くと、朱兎が大きな赤い目を向けている。俺は自分のと朱兎のカンテラを順に持ち上げてみせた。
「いいか。このカンテラがこういう風に光っているのを想像するんだ」
「それだけ?」
「ああ。ひたすらそれだけ考えてろ。で、俺が合図したら、ここの言葉を思いっきり叫ぶんだ」
二つのカンテラを隣同士で置いて、呪文の書いてある本を開いた。さっきの呪文が載ってあるページを開き、指で指す。朱兎はおもむろに頷き、唸りながら二つのカンテラをじっと見た。
「朱兎にできるの?」
蘭李が疑念の眼差しを向けてくる。
分かってねぇなこいつは。こういう単純な魔法は、むしろ朱兎の方が使えるだろう。今に見てろ。
「朱兎、今だ」
「ポースフォス・フォティゾォ!」
朱兎の叫び声の直後、カンテラに光が宿った。刹那、今度は蘭李の叫び声が上がる。
「えええええええええっ⁈ なんで⁈」
「やったー! できたー!」
髪を赤くした朱兎が、教室内をぴょんぴょん跳び跳ねる。信じられないのか、蘭李がカンテラに顔を近付けた。桜井や藍崎も見に来る。
「なんで……⁈ 朱兎、魔法苦手なんじゃないの……⁈」
「苦手なことは苦手だよ。だけどこいつ、単純な魔法なら普通に使えるぞ」
「え……⁈」
目をぱちくりさせる蘭李。藍崎達も理解出来ず、ポカンとしていた。俺は溜め息を吐き、近くの席に座って足を組んだ。
「魔法ってのは、イメージが大事なんだ。この魔法を使ったらどうなるか。それがハッキリしてないと、魔法なんて使えるわけがない」
「あーたしかに。それはそうだな」
「でも朱兎はイメージなんて………」
「おいおい……。朱兎だってイメージすることくらい出来るぞ。むしろそれをやれと言われれば、それしか考えないくらい集中するし」
嬉しそうに朱兎が笑う。蘭李は悔しそうに唇を噛み締め、「あたしだってーッ!」と宙に叫んだ。
たしかに朱兎は、頭が良くないから複雑な魔法は使えない。だが、言われたことを素直に実行する。だからこそ、さっきはイメージだけに集中させた。
イメージさえ出来れば、あとは簡単だ。しかも魔導石なら呪文さえ唱えれば発動するから、ハッキリ言って普通の魔法よりやり易いだろう。勿論、朱兎にとっては、だが。
逆に、普段魔法を使っていない蘭李は、イメージするのに慣れてないから使えなくて当然だ。故にこういう結果になるってわけだ。
「バッカみたい。魔法一つで大喜びしちゃって」
唐突のあからさまな悪態に、全員振り向いた。夕飛がクッキーを貪りながら、こっちを睨んでいる。その傍に置かれたカンテラは、光を放っていた。藍崎がズカズカと夕飛に近寄った。
「てめぇ……!」
「何? あんたも思わなかった? バカみたいって」
「思うわけねぇだろ!」
「あぁ、あんたはまだ成功してなかったのね。そりゃあ思わないか」
「なんだとぉおお⁈」
「やっやめてくださいっ!」
夕飛に掴みかかろうとした藍崎を、急いで止めに入る黒ノ瀬。しかしその制止も振り切り、藍崎は夕飛の胸ぐらを掴み上げた。夕飛も必死に抵抗して暴れる。
「和泉クン! ダメだよ!」
「てめぇは否定することしか言えないのか⁈」
「事実を言ってるまででしょ⁈」
「そっ蒼祁! 二人をとめないと……」
「なんで俺が。やらせとけよ」
「でも……」
二人の喧嘩がヒートアップしてくる。蘭李や朱兎は不安そうに見つめ、桜井や黒ノ瀬は止める機会を窺っている。
別に勝手にさせときゃいいのに。うるさいが、こっちが苦労してまで止める必要も無い―――。
「うるさぁあああああああああああいッ!」
時が止まった。藍崎と夕飛は互いを掴み合ったまま、桜井と黒ノ瀬はそんな二人を止めようと手を伸ばしたまま、蘭李と朱兎は声の方へと振り向いたまま―――全員、同じところに視線を向けていた。
俺も視線の先を見る。白石がいる教室の廊下側、一番後ろの席。そこには、茶々目が座っていた。茶々目は茶色い目を光らせて、俺達を睨み付けていた。
間違いない。今叫んだのは、茶々目だ。
この教室に来て、自己紹介以外まともに動くとこなく、ずっと眠っていた茶々目だ。
そんなあいつが怒鳴ったことに、俺達全員驚きを隠せなかった。
沈黙の中、茶々目は静かに目を閉じ、再び机に突っ伏して眠りについた。寝息が聞こえ始める。
「つ……土筆ちゃん、あんな風に怒るんだね……」
桜井が呟く。すると、呪いにかけられたように止まっていた時が、再び動いた。藍崎と夕飛は顔を背けて離れ、蘭李は桜井や黒ノ瀬と苦笑いを浮かべている。朱兎も「びっくりしたー!」などと笑い、白石は一人で黙々と魔法の練習をし始めた。
俺は横目で茶々目を見る。すやすや眠る茶々目に、思わず溜め息が溢れた。
―――このクラスには、まともな奴はいないのか?
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