1話―②『クラスメイト』

「あっはははは! けっさく! マジでけっさくだわ!」



 再び騒ぎ出す馬鹿を黙らせる気にもなれなかった。俺は席に座り、机上で頭を抱える。

 ―――あんな約束するんじゃなかった。



「アニキー。大丈夫ー?」

「朱兎! やっぱりアンタのアニキはバカだよ! いや、じいしきかじょう・・・・・・・・と言うべきか! まあどっち道バカだけどね!」

「アニキバカなの? オレと同じだね!」



 何故か朱兎が喜んだような声を上げる。やめろ。お前とは違う。というか俺は馬鹿じゃない。そうだ。馬鹿じゃないんだよ。何ダメージ食らってんだ、俺。

 むくりと顔を上げると、蘭李はニヤニヤと俺を眺めていた。



「にらんだって底辺には変わりないんだよ~?」

「黙れ。他人に何と言われようと、俺が強いことに変わりないんだよ」

「つよがっちゃって~。ホントはショックなんでしょ? そうだよねぇ。性格だけで底辺におとされたもんねぇ?」

「そういうお前も結局底辺じゃねぇか」

「うっ……」



 蘭李があからさまに視線を逸らした。馬鹿かこいつは。俺を底辺だといじればいじるほど、自分は技術でも性格でも底辺だと思い知らされるんだよ。だからもう黙れ。頼むから。



「あ、あの~……そろそろ始めてもいいでしょうか……?」



 教員の男がおずおずと口を開いた。蘭李や他の生徒は、慌てて近くの席に座る。朱兎も真似して蘭李の後ろに座った。

 黒髪の教員は教室内を見回した。緊張しているのか、動作はギクシャクとしている。



「はっ初めまして……このクラスの担当になりました、黒ノ瀬胡麻と申します……! よっ、よろしくお願いします……!」

「ゴマ? 変わった名前だねー!」



 左端の窓側から高い声が上がった。見ると、黒髪の一つ結びの女子が、すくりと立ち上がっていた。



「次ワタシね! ワタシ、桜井桃子! 医者を目指しているの! ヨロシクね!」

「えっ……あの……」

「お医者さん……⁈ すごーい!」



 蘭李が感嘆の声を上げる。桃色の目を光らせる桜井は、何かを言おうとしている黒ノ瀬に気付かず、自分の後ろに座る、焦茶髪を一つに結んだ男子にくるりと向き直った。



「はい、次いいよ!」

「えっ、おれ? まあいっか。おれは藍崎泉水いずみ! 最強の魔力者を目指してるんだ! よろしくな!」

「うわ~、うざそ」

「なんだと⁈」



 藍崎が怒りながら振り向く。その視線の先には、窓側の一番後ろの席に座る黒髪ショートの女子がいた。



「最強になんかなれるわけないじゃない。こんな底辺クラスにいるあんたが」

「これから強くなっていくんだよ!」

「ムリムリ。たった三ヶ月でなれるわけない」



 嘲笑混じりに吐き捨てる。藍崎はその女子に詰め寄り胸ぐらを掴み上げたが、黒ノ瀬に止められ渋々手を離した。女子は余裕な笑みを浮かべる。黒ノ瀬が教卓に置いてある本に視線を落とした。



「えーっと………夕飛ゆうひ橙果とうかさん、ですよね……?」

「そーですけど」

「あんまりネガティブな発言はしないようにして貰えると……」

「なんで? あんたに言われる筋合いなくない?」



 夕飛はスカートのポケットから小さいチョコレートを取り出すと、その包装を取って口の中に放り込んだ。蘭李が羨ましそうな顔をする。黒ノ瀬は困り果て、俺達の方を見た。



「じ、じゃあ次……お願いします……」

「ていうか、いつのまに自己紹介タイムになってたんだね」

「蘭李やれよ」

「え? あたしから? べつにいいけどさ……」



 蘭李は立ち上がり、照れくさそうに辺りを見回した。



「あたしは華城蘭李です! ゆ、ゆめとかはまだないけど、つよくなりたいです! あと………」



 机上に置いてあった鞘から剣を抜く蘭李。緑色の刀身をしたそれは、ぐねりと剣先を蘭李に曲げると・・・・・・・・・・、ボンと煙を上げた。教室内の視線が集中する。

やがて煙が晴れた机上にいたのは、緑色の髪をした和装少年だった。



「あたしの魔具コノハ! 剣だけど生きてるんだ!」

「ええええええええ⁈」

「すっげー!」



 桜井と藍崎が瞬時に立ち、蘭李のもとへ駆け寄った。机から下りたコノハは、うざったそうな顔をして蘭李の影に隠れる。しかし、桜井と藍崎の好奇心は収まらない。目を輝かせてコノハを眺めた。



「魔具ってホントにあるんだ! なんか感動した!」

「てことは、伸び縮みとか出来たりすんのか⁈」

「できるよ!」

「すげー!」



 桃色と藍色の目がコノハをじろじろと見る。あからさまに嫌そうな顔になるコノハが、一瞬ちらりとこっちを見た。しかし、睨み付けられてすぐ顔を逸らした。

 魔具に食い付くのは仕方が無い。意思を持つ武器―――魔具。その数は世界的にも少なく、ほとんど空想の世界の産物として知られている。俺とて、初めてコノハを見た時には驚いたもんだ。



「ねぇ、もういいでしょ」



 不満そうにコノハが呟くと、すかさず桜井がコノハの手を掴んだ。



「なんかやってみてよ! コノハクン!」

「伸び縮み見てみたいぜ!」

「やだ」



 短く吐き捨てると、コノハは再び煙を上げ剣の姿に戻った。桜井と藍崎がやってやってと騒ぐが、コノハはピクリとも動かない。苦笑いを浮かべた蘭李が、コノハを鞘にしまった。



「あんまり言うこと聞いてくれないんだー……」

「えー、ケチー」

「ちょっとくらいいいじゃねーかー」

「そーだぞコノハ! いいかげんあたしの魔力とるのやめてよね!」

「はいはいはーい! 次オレ! いい⁈ アニキ⁈」



 朱兎が勢いよく立ち上がった。真っ赤な目を光らせて俺を見る。頷くと、朱兎はにっこりと笑って指を指してきた。



「オレ朱兎! そこにいるのがオレのアニキ!」

「えっ! やっぱり兄弟だったんだ! 顔は似てるなーって思ってた!」

「でも雰囲気は全然似てないな!」

「これでもこの二人、ふたごなんだよ」

「えーっ!」



 俺と朱兎を交互に見始める桜井と藍崎。なるほど。たしかにコノハの気持ちも分かる。じろじろ見られるのは気分が良くないな。

 二人を退かせ、とりあえず黒ノ瀬を睨みながら言った。



「神空蒼祁だ。お前らとは違って実力はあるから一緒にすんなよ」

「なるほど……性格だけで底辺に落とされた理由がよくわかった!」

「あ?」

「ていうか、実力も自称なんじゃねぇの?」



 そう笑う藍崎を睨み付けた。あっちも引く気は無いらしく、藍色の鋭い視線を向けてくる。慌てて蘭李が割って入ってきた。



「そっ、蒼祁は性格ひどいけど、ホントにつよいからあんまりけんかしない方がいいよ!」

「そーだぞ! アニキは強いんだぞ!」

「おい訂正しろ。俺の性格のどこが酷いんだよ」

「ぜんぶだよ!」



 蘭李の頭を鷲掴みした。力を入れると悲鳴が上がる。藍崎は蘭李をじっと見据えると、何事もなかったかのようにニカッと笑った。



「お前ら仲良いな! 付き合ってんの?」

「は⁈」

「は?」



 あまりに予想外の言葉に、蘭李と声を揃えてしまった。目を桃色に光らせる桜井が、にゅっと割り込んでくる。



「えっ! やっぱり⁈」

「えっ⁈ やっぱりってなに⁈ ちがうよ⁈」



 再び慌てる蘭李。藍崎と桜井にあれこれ言われて、かなりテンパっている。

 馬鹿らしくて訂正する気にもなれねぇ。人ってこういうことばっかりに興味あるよな。恋だの何だのって……それしか考えられねぇのか。



「神空クンは否定しないんだ~?」



 ニヤニヤしながら、桜井が俺の顔を覗き込んできた。フン、脳内花畑女子はそのにやけ顔をどうにかしろ。



「蘭李が否定してんだから俺がする理由も無いだろ。労力の無駄だ」

「否定したくないとかじゃないの~?」

「うざい。黙れ」



 最大限の蔑みの目を向けたんだが、桜井は変わらずニヤニヤしながら、傍の空いている席に座った。蘭李はまだ藍崎にいじられている。ま、適当に頑張れ。

 黒ノ瀬が苦笑いをしながら、廊下側の席へと視線を向けた。



「では、残りのお二人………どうぞ……」



 前の方に座っていた、銀色ロングカールの女子が立ち上がった。



「白石百合です。宜しく」



 白石が着席し、沈黙が流れる。全員の視線は一点に集中していた。白石の席の一番後ろに座っている………というか、眠っている茶髪の女子へと。



茶々目ちゃちゃめさん……! 起きてください……!」



 黒ノ瀬が少しだけ声を張って呼んだ。きっと奴にとっては大きい声なのだろうが、客観的に聞けば小さいことに変わりはなかった。

 桜井が茶々目のもとに歩いていき、肩を揺する。しばらくすると、茶々目はむくりと起き上がった。



「…………んん……?」



 茶々目が桜井を見上げる。茶色い瞳はとろんとしており、焦点は合っていない。桜井はにこりと笑った。



「初めまして! ワタシ桜井桃子! アナタの名前は?」

「………茶々目土筆……」

「土筆ちゃん! ヨロシクね!」



 無理矢理茶々目の手を取って握手する桜井。茶々目はされるがままに、ブンブンと両腕を上下に振られた。手が離れると、脱力したように腕が落ちる。

 桜井は満足そうにこっちに戻ってきた。席に着くと、黒ノ瀬が教室内を見回す。



「でっ、では、皆さん自己紹介しましたね! そっ、それでは! 早速この学校のシステムについてお話したいと思います!」

「ゴマセンセー、そんな緊張しなくてもいいよー」

「ご、ごめんなさい……」



 何故か謝る黒ノ瀬。あれでよく教師が勤まるもんだな。いや、この学校においては、教師の質は関係無いか。



「えっとですね……まず、ここシルマ学園での授業期間は、三日間です。しかし『魔導石』の力により、その三日間は、ここでの三ヶ月に変換されます」

「すごかったよなー! あの石!」

「うん。びっくりしたよ!」



 藍崎と蘭李が声を上げる。

 そう。俺達がここに来てまず見せられたのは、校舎の地下にある巨大な『魔導石』だった。

 虹色に光る魔導石には、厳重な管理が施されていた。目に見えては分かりにくかったが、馬鹿みたいに数多のトラップが仕掛けられていた。更に十数人の警備員までつけていた。いかに重要なものかが一目で分かる。

 次に見せられたのは、魔導石の力だった。ある一人の女教師が行ったのだが、一般的な『属性魔法』から『特殊魔法』、極めつけは『異形魔法』まで、魔導石にかかれば全ての魔法が使える・・・・・・・・・らしい。

 そんなことを言われても、普通は信じられるわけがない。しかし実践されたし、何より大がかりな『時間操作魔法』や『空間操作魔法』といった、人間の魔力者が出来ないような魔法まで使えてしまったから、もう信用するしかなくなった。


 隣にいた蘭李と朱兎も、たしかにすごいすごいと騒いでいたが、多分どれだけ凄いことかは分かってない。ハッキリ言って俺は言葉が出なかった。


 そもそも、魔導石なんて言葉、聞いたことがなかった。魔力者関係の情報に関しては、全く抜かりないと自負している。言っておくが自称じゃない。

 それなのに俺が知らなかったということは、この学園が完璧に隠していたってことだ。国が絡んでいたら知っていただろうし……。

 ――――――この学園には、少し警戒しておいた方が良いだろう。



「その間の生活は寮になります。もう部屋には行きましたよね?」

「行ったよ! 蘭李は何号室だった?」

「あたしはえっと……」



 ………俺も一応行ってみた。が、クソガキがいたからすぐに出てきた。二度とあの部屋には戻らねぇ。絶対にだ。



「食事は食堂、お風呂は部屋のものか大浴場で、洗濯はコインランドリーでお願いします。掃除は係の者がいるので大丈夫です」

「合宿みたいだねー!」

「おれは合宿のつもりで来たぞ!」



 桜井と藍崎がわいわい騒ぐ。ちらりと横目をやると、茶々目はまた眠っていた。白石は真面目に聞いている。

 反対側に視線を向けると、夕飛はバクバクとクッキーを食べていた。ぼろぼろとカスが落ちているが、気にする様子は全くない。



「次に授業についてなのですが……。基本は午前は室内、午後は屋外で行います」

「室内⁈ ってことはまさか座学……⁈」

「いえ、座学ではないです」



 そう言うと黒ノ瀬は、俺達に何かを取りに来るように言った。言われた通り奴のもとへ向かうと、分厚い本が何冊も置かれていた。それを一冊ずつ貰い、席に戻る。



「それは呪文の一覧本です」

「呪文? 何の?」

「魔導石のです」



 魔導石の、だと……? まさかとは思うが……。



「魔導石は、呪文を介してでないと魔法が使えません。なので、それを覚えてください」

「えっ……?」

「それって……」



 黒ノ瀬は一つの袋を取り出し、その中に手を入れた。出てきた手に握られていたのは、小さな虹色の石だった。



「これは魔導石の一部です。皆さんに一つずつお配りします」

「ええーっ⁈」



 驚きながら受け取る蘭李達。俺も受け取る。朱兎は光にかざして魔導石を眺め始めた。



「ここシルマ学園では、皆さんの魔力を使うことは禁止しています。代わりに、魔導石での魔力の使用は許可しているのです」

「魔導石だけ? なんで?」

「魔導石で魔法を使うのは、簡単そうに見えて実は難しいのです。つまり、魔導石で魔法が使えるようになれば、自身の魔法スキルも上がるのです」



 でも、と桃子が手を上げた。



「ワタシ、元々治癒魔法しか使えないけど、魔導石で他の魔法使えるようになっても意味なくない?」

「そんなことないです。属性が異なっていても、魔力であることに変わりはないんです。元々の属性魔法を練習するのももちろんですが、他の魔法を練習しても損は無いですよ」



 たしかに、魔法に慣れるっていう意味では間違いではないと思うが……。



「毎月末日、計三回、クラス対抗の大会があります。そこで優勝出来るように、頑張って練習しましょう!」



 黒ノ瀬がガッツポーズをする。沈黙が降りた。皆じっと黒ノ瀬を見ている。静寂と視線で恥ずかしくなったのか、黒ノ瀬が顔を真っ赤にして縮こまった。



「な……なんちゃって……」

「いいじゃん! ガンバろーよ!」



 桜井が思いっきり机を叩いて立ち上がった。その音にビクリと肩を上げる蘭李。おそるおそる桜井を見上げた。



「上のクラスなんて蹴散らしちゃおうよ!」

「賛成! おれが片っ端から潰してやるぜ!」

「底辺のアタシ達がトップに勝てるわけないじゃない。馬鹿じゃないの?」

「てめぇはそうやって……!」

「大丈夫だよ!」



 そう言って俺に振り向く桜井。不自然なまでに笑顔を見せてくる。

 ―――嫌な予感がするんだが。



「自称最強がいるもんね!」

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