2話―②『感覚』

「ええええええええっ⁈」



 叫び声が校庭中に響き渡る。蘭李は黒ノ瀬に詰め寄り、その服の裾を引っ張った。



「なんで⁈ なんでよお!」

「だっだから……! 不正が働く可能性があるので……」

「そんなことしないもん! ねえだから使わせてよお!」



 蘭李の背後からコノハが、右腕を刃にしてちらつかせている。黒ノ瀬の顔が青ざめた。

 午後は屋外実習ということで、俺達は校庭に来ていた。どうやら今日は剣の訓練を行うらしく、それぞれに剣が支給されたんだが……。



「コノハじゃないとあたし、たたかえないのに!」



 コノハを使おうとした蘭李に、その使用が禁止されたのだ。それも今回だけじゃなく、月末の大会でも。

 ということで、コノハしか握ったことのない蘭李は、黒ノ瀬に猛抗議中、というわけだ。



「ですから……魔具だと元々の魔力を使われてしまう可能性があるので……」

「使ったらすぐ分かるじゃん!」

「バレない程度にされたら分かりませんよ!」

「そんなの気づかないそっちがわるいんじゃん!」



 そもそも気付かないことないと思うけどな。お前じゃないんだし。



「とにかく! 駄目なものは駄目です! 諦めてください!」

「いじわる! わからずや!」

「融通効かない嫌な大人だね」

「うっ………」



 コノハの言葉がそんなに響いたのか、黒ノ瀬は胸を押さえて俯いた。

 あいつも大変だな。教師向いてないんじゃねぇの? さっさとこんな学園辞めて転職した方がよっぽど良いだろう。



「そ、それじゃ………こちらで決めたペアになって稽古を始めてください……」



 あからさまに沈んだトーンで喋る黒ノ瀬。落ち込みすぎだろ。本当に大丈夫かよあいつ。

 黒ノ瀬は、ぼそぼそとペアの名前を発表し始めた。蘭李は茶々目と、朱兎は藍崎と、そして俺は夕飛と組むらしい。



「よろしくなー! 神空!」

「朱兎はこっちだ」

「えっ? あっごめん」



 早速藍崎は俺と朱兎を間違えてきやがった。笑いながら朱兎へと歩み寄る藍崎。桜井と白石も二人でかたまり、蘭李は立ったまま眠っている茶々目を必死に起こし始めた。



「馬鹿よりはマシね」



 振り返ると、夕飛がリング型のスナック菓子を食べながら、俺を睨んできた。こいつ、常に何か食ってる気がするんだが。



「………何?」

「別に」

「じゃあジロジロ見ないでくれる? 気味悪いから」



 気味悪いって何だよ。俺は幽霊か何かか。

 夕飛橙果―――ベリーショートの黒髪に橙色の目をした、恐らく十代後半であろう女。常に何かを食しており、「底辺」であることを一番自覚しているのだと思う。だからこそ現実的な発言ばかりを繰り返し、その度に藍崎と言い合いをする。

 俺とて現実を見ない馬鹿よりは、ちゃんと状況を理解出来る奴の方が良い。効率的だし、身の程を弁えている。熱意や夢だけ持っていたって、戦いには勝てないんだよ。



「あんたさ、何でここに来たわけ?」



 横目で俺を見る夕飛。探るようなその視線に対抗するように、俺も夕飛を睨み付けた。



「そんなのお前に関係ねぇだろ」

「そうね」

「お前は何で来たんだよ」

「そんなのあんたに関係無いでしょ」

「だな」



 会話終了。視界の端では、蘭李が未だに茶々目を動かそうと奮闘していた。朱兎は笑顔で藍崎を追いかけている。桜井と白石は楽しそうに喋っていた。そこへ疲れた顔の黒ノ瀬が近付いていく。


 まとまりのないこのクラス。底辺に落とされた理由が良く分かる。どいつもこいつもクセが強い。

 だが、よく言うじゃねぇか。

 天才には、変わり者が多い―――って。



 まあ、俺は例外だけどな。



「あっ神空君だ! やっほー!」



 前を歩いていた蘭李と桜井がくるりと振り返った。じっと俺と隣の朱兎を見て、若干首を傾げる。



「蒼祁? それとも朱兎? よばれてるよ?」

「は? 俺には聞こえねぇな。お前の幻聴だろ」

「ワタシにも聞こえたよ! ホラ! 後ろから来てるよ!」



 振り向く。様々な生徒達が廊下を歩いているが、特に顔見知りはいない。すぐに顔を戻した。



「誰もいねぇな」

「神空君! 今僕のこと見たよね⁈ スルーしないで⁈」



 ガシッと右手を掴まれた。仕方無く振り向くと、焦ったような顔の紫乃がいた。

チッ。スルーしようと思ったのに。いや、まだ挽回出来る。



「誰だてめぇ」

「紫乃だよ! 絶対分かってるよね⁈ 分かって言ってるよね⁈」

「知らねぇなそんな奴。少なくとも記憶に残してない」

「意図的に消したってこと⁈ ひどいよ神空君!」



 わんわん泣いたふりをする紫乃。面倒くさいしうるさいから置いていこう。

 唖然とする蘭李の横を通り抜けていこうとしたその時、桜井が「あーっ!」と叫び出した。見ると、紫乃を指差している。

 ―――嫌な予感しかしない。



「アナタ……! 昨日、蒼祁クンを押し倒した子!」

「えっ?」

「おいやめろその言い方」



 案の定、桜井は覚えていやがった。くそっ、無理矢理記憶を消しておくべきだったか。

 紫乃は少し考え、思い出したかのようにポンと手を叩いた。



「ああ! 桜井さんか! 初めまして。僕紫乃っていうんだ。よろしくね!」

「ヨロシク! ワタシ桃子!」



 紫乃の両手を掴み、ブンブン上下に振る桜井。この二人が知り合ったら、あらぬ誤解が次から次へと生まれそうなんだが………今のうちに手を打たないと、後々厄介なことになりそうだ。

 紫乃は桜井から解放されると、流れるように蘭李へと視線を向けた。



「初めまして。華城さん」

「な、なんであたしのこと……?」

「そりゃあ知ってるよー。華城さん、有名なんだよ?」

「え?」



 紫乃はニコニコしている。一方の蘭李は、戸惑っていた。

 有名って蘭李がか? こいつが有名になる要素といえば……。



「魔具か」

「え?」

「そー! 魔具持ってるってもう広まってるよ!」

「た、たった一日で⁈」

「噂はすごいよねー」



 広めた張本人は、多分桜井や藍崎辺りだろうな―――ちらりと桜井見ると、あからさまに目を逸らされた。どうやら本当らしい。



「お前な……魔具持ってるなんてそんなに広めるもんじゃねえんだよ」

「えっ⁈ ちっ、違うの! 和泉クンが……」

「あいつかよ」

「止めたんだけどね……」



 まああいつ、何でもかんでもべらべらと喋りそうだもんな。後でシバいておこう。



「今更だけど、やっぱり言っちゃマズかったよね……?」

「まあそもそもコノハは使えねえから、そこまで支障は無いだろ」

「なに? なんのはなししてるの?」

「オレも入れてー! アニキー!」



 蘭李と朱兎が割り込んできた。藍崎のことチクってやろうと思ったその時、邪魔をするように紫乃が二人の間に入ってきた。



「それより早くご飯食べに行こうよ! 今日チョコケーキあるんだって!」

「えっうそ!」



 途端に目を輝かせる蘭李。そしてそのまま、紫乃と共に食堂へと走り出した。朱兎も負けじとついていく。

 残った桜井は、蘭李達の背を眺めながら呟いた。



「蘭李ちゃん、取られちゃうよ?」

「お前、何でもかんでもそういう風に捉えるのやめろ」

「ううん、そうじゃなくてね……」



 急に声のトーンが今までと違う。こいつに限って、真面目な話をするのか?



「紫乃って子、ヘンな感じする」



 変な感じ? 抽象的な表現だな。どういう意味か訊き返すと、桜井は歩きながら喋り始めた。



「ワタシね、色んな魔力者を治療してきたの。そのうちにね、その人がどんな魔力かって、ざっくり感じ取れるようになったんだけど……」



 桜井は自分の体を抱き締め、少し青ざめたような顔色をしていた。



「紫乃クンの魔力は、ちょっと怖かった」

「怖かった?」

「うん………一定な感じじゃなかったし、優しいのもあったけど、たまに物凄く怖いのがあって……」



 魔力が怖い、ねぇ……そもそもそれがどういう感覚か、俺には全く分からないが……少なくとも、良いものではないんだろうな。



「あいつには注意しとくよ。サンキュー。桜井」

「ううん。ワタシも警戒しておくね」



 言ったことでスッキリしたのか、再び桜井は元気を取り戻した。俺を引っ張って食堂へ向かおうとしてくる。対抗するように俺も、頑として歩む速度は変えなかった。

 しかし突然、桜井はピタリと足を止めた。



「あっ……でも、こんなこと言うのもあれなんだけどさ……」

「何だ?」

「あのね、蘭李ちゃんの魔力もちょっとヘンだったんだよねえ」



 蘭李が? まあ正直、家系があれだけに普通じゃなくても納得出来る節はあるが……。



「何か、常に動いてるって感じで……」

「普通は違うのか?」

「うん。魔力を使ってる時みたいな感覚だった。もちろんその時、蘭李ちゃん何も使ってなかったよ」



 魔力を使ってる時? 蘭李が? 戦ってる時でさえ魔力を使ったことがないんだぞ。どんなもんかは分からないが、そんな感じの魔力になるはずないだろ。



「まあでも、あくまで感覚だから! あんまり鵜呑みにしないで!」

「………ああ」



 とは言いつつ、それは気になるな。また今度詳しく聞いてみるか。

 桜井桃子―――黒髪を耳の下で一つにまとめ、恐らく誰とでも分け隔てなく仲良くする女子。もともとは治癒魔法が使えるらしく、医者になるのが夢らしい。

 普段はくだらない話をしたり、変なことを言っているが、こんな真面目な話もするらしい。いつもの調子からは想像出来ないが、実はそれなりに力のある奴なのだろうか。



「あ、ちなみに蒼祁クンの魔力はね、ザ・俺様って感じした!」

「………………」



 ―――どうやら、こいつの感覚はアテにならないらしい。

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