4話―②『弱点』

 校舎内は大惨事になっていた。大半の者は倒れ、四階のフロアは毒が充満していた。外へ露になった所には、容赦なく雨が打ち付ける。

 そんな中、蘭李は二階の教室の隅で座り込んでいた。



「桃子ちゃん! 朱兎! おきてよぉ……!」



 呼び掛ける先には、気絶した桃子と朱兎。雷が落ちてからずっとこの調子だ。揺すっても目を覚まさない二人に、蘭李は困り果てていた。



「どうしよう……どうしよう……!」



 彼女が背負っているコノハは、ずっと震えていた。しかし、パニック状態の彼女が気付くことは出来なかった。



「蒼祁……どこ……?」



 黄色い瞳が潤み始める。教室の外からは、叫び声や悲鳴が聞こえてきた。

 早く逃げなければ、という焦りはあった。だが、二人を置いてはいけない。ポツンと一人、取り残された彼女は、弱々しく呟いた。



「だれか………たすけて………」

「らんちゃん! 大丈夫⁈」



 突然の叫び声。顔を向けると、紫乃がいた。紫乃が駆けつけてきていたのだった。その姿に心底安堵した蘭李は、溜めていた涙をぽろぽろとこぼし始めた。



「紫乃くううううん……!」

「あーよしよし。あっ! ラビ君もいるね! よかった!」



 大泣きする蘭李の頭を撫でながら、気絶した朱兎を見付ける紫乃。ほっと胸を撫で下ろし、紫乃は蘭李の隣に座った。



「こわかったよぉおおお……!」

「もう大丈夫だよー。らんちゃんは無事でよかったね。どこにいたの?」

「え………? 朱兎と桃子ちゃんといっしょにここにいた……」



 ポカンとする紫乃。だが納得したように「ああ」と呟いた。



「らんちゃん、雷属性なんだ?」

「え? う、うん。そうだけど……」

「だからきっと雷の衝撃には耐えられたんだよ」

「そうなんだ……」



 自分の体を眺める蘭李。そんな彼女を見て、紫乃はニッコリと笑った。



「ねえらんちゃん。僕、神空君の所へ戻るね」

「え? い、いっちゃうの……?」

「うん。ヒュドラっていうおっきい魔獣と戦ってるんだけど、結構危ない状況なんだ」

「蒼祁が……⁈」



 紫乃が頷くと、信じられないといった表情を浮かべる蘭李。紫乃はそんな蘭李の顔を覗き込んで、小さく囁いた。



「神空君は、弱い人だから」



 魔法弾を避ける。その先に鋭い牙があった。瞬時に壁を作り、口内ダイブを避けた。後方へ跳ぶ。

 藍崎が上空から、ヒュドラに向かって落ちていく。首の一つが、口から紫色の煙を吐き出した。藍崎の周りに結界が張られるが、その結界ごと別の首に噛み付かれた。

 俺は投げ捨てられた巨大剣を持ち、結界を張って跳躍する。藍崎に噛み付いている首を斬り落とした。瞬時にヒュドラと距離を取る。



「助かった……」

「次来るぞ!」



 八つ・・の首は、一斉に大量の水を吐き出した。俺も藍崎も、結界を張ってあるので流されることはなかった。そこへヒュドラが牙を向けてきた。



 ――――――バリィインッ



 結界が噛み砕かれた。水に飲み込まれた直後、電撃が全身を貫いた。



「――――――ガアァッ!」



 ギリギリ気は失わなかったが、体が痺れて動けない。

 マズイぞこれは………無属性魔法をどうにかしないと……!



「神空ッ!」



 藍崎がこちらへ駆けてくる。が、それをヒュドラも追っている。そのヒュドラの頭上を見て、俺は全身に魔力を込めた。



 ――――――ドンッ



 追ってきていた首に、作り出した巨大な刀が落ちた。ヒュドラの悲鳴が上がり、俺達も水流から投げ出された。濡れた芝生に転がり、咳き込む。



「神空、大丈夫か?」

「………分が悪すぎる」



 無属性―――魔法を打ち消す魔法を使う属性。魔法を主軸にして戦う俺にとっては、天敵ともいえる属性だ。

 それでも対人ならば、いくらでも対策は出来る。

 だがここまで巨大で、しかも首が九つもあるとな………一撃で一気に崩されるし、消費する魔力も多い。

 それにこいつ、恐らく知能を持っている。さすがは魔獣、しかも上位クラスといったところか。

 そして極めつけに―――。



「……また生えてきたぞ」



 藍崎がげんなりしたように呟く。俺もヒュドラを見た。先程斬り落としたはずの首は、生え・・戻っていた・・・・・

 そう。この魔獣、いくら首を斬り落としても、再生するのだ。



「くそっ……めんどくせぇな……!」



 完全に不死身ではないと思う。だから一つずつ首を斬り落としているのだが、まだ効果は出ていない。

 斬り落とす順番とかもあるのだろうか……いっそ全部斬り落としたい……あー腹立つ! もう還してもいいか⁈ どうせ出来ないだろ⁈



「自称最強は引っ込んでな!」



 突然の第三者の声が降ってきた。見上げると、緑色の髪をした男子が、剣を宙で振り下ろした。剣から電撃が走り、ヒュドラに直撃する。男子は藍崎の隣に着地した。



「こいつはオレがやってやる!」

「誰だてめぇ」

「I組、翡翠風牙ふうがだ!」



 そう言って、『翡翠』はヒュドラへ駆け出した。ヒュドラが翡翠へと尾を振るう。跳躍した翡翠は、再び剣から電撃を放った。一瞬ヒュドラが怯む。



「ギュオオオオオオオオッ!」



 首の一つが翡翠へと伸びていく。噛み付かれる寸前で、翡翠の体が後方へと引かれた。ヒュドラが虚空を噛む。



「もお! 先に行かないでよ!」



 突然の甲高いアニメ声に驚いて振り向いた。水色ツインテールの女子が、翡翠に手のひらを伸ばしていた。女子が俺の視線に気付くと、ニッコリと笑ってきた。



「初めまして! 花園しずくっていうの! よろしくね! 最強くん!」



『花園』はそれだけ言って、伸ばしていた腕を引いた。同じ動きで、翡翠の体も引かれ、俺達のもとへと帰ってくる。

 さらに校舎からわらわらと、数人の生徒が飛び出してきた。躊躇などせず、ヒュドラへと立ち向かっていく。

 起き上がった翡翠は、花園に笑った。



「ありがと! しずくちゃん!」

「次置いていったら助けてあげないからねっ!」

「でもしずくちゃんを危ない目に遭わすことは……」

「ダメッ! 絶対しずくも連れてって! そうじゃないと風牙くんのこと、キライになっちゃうから!」

「そっそれはやだ!」

「じゃあ連れてってくれるね?」

「しょ、しょうがないなぁ……」

「なんだこいつら……」

「おいっ! 来るぞっ!」



 痴話喧嘩を見せつけられている間に、ヒュドラの魔法弾九連発が飛んできた。俺達は散り散りに避ける。



「おいお前ら! ヒュドラの弱点知ってるのか⁈」

「知ってるよ! だからこうして助けに来たんじゃない!」



 花園が叫ぶ。そこへ氷の弾が飛んできた。花園は避けるが腕に掠り、当たったところが凍りつく。怯んだ花園に、ヒュドラの牙が迫った。

 俺は魔力を込めた。花園の足元から青い紐が生え、花園の腰に巻き付いたところで、俺が右腕を右へと振る。紐が花園を同じ方へと勢いよく投げ飛ばした。直後にヒュドラが虚空に噛み付く。



「こっ……これは……?」

「早く教えろッ!」



 叫ぶと、花園は強く俺を見据えた。



「中央の首を根こそぎ斬り落とすのよっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る