4話―③『討伐』

 ヒュドラを討伐するには、中央の首を斬り落とせばいいらしい。

 ああなるほど。中央の首を斬り落とせばいいのか。なんだ、案外簡単―――。



「いや、中央の首ってどれだよッ!」



 ヒュドラの魔法弾から逃げながら、思わず怒鳴った。

 アバウトなこと言いやがって! どれが中央の首だよ! ごちゃごちゃしすぎてわかんねぇよ!



「しずくに訊かないでよッ!」



 キレられた。花園は翡翠に守られながら、左手を突き出している。その先には剣が宙に浮いており、剣はヒュドラに襲いかかっていた。

 チッ! やっぱり一気に全部の首を斬り落と方が早いじゃねぇか!



「神空くーんッ!」



 予想外の声に、瞬時に振り向いた。校舎から出てくる一人の生徒。紫色の髪に幼い体つき。



「助けにきたよーっ!」



 紫乃だった。また紫乃が戻ってきた。

 あいつ……任せろって自分で言っただろ!



「おい馬鹿! なんで来た⁈」

「助けにきたんだよー!」

「蘭李達の所に行けっつったろ!」

「ギュオオオオオオッ!」



 ヒュドラの鳴き声と同時に、氷の魔法弾が紫乃に飛んでいった。魔法弾が結界にぶつかり爆発する。



「大丈夫! 二人とも無事だった!」

「そういうことじゃねぇよ! 話聞いてたか⁈」

「でも手こずってるんでしょ?」



 耳元で囁かれた。瞬時に振り向くと、紫乃がイタズラっぽく笑っていた。

 こいつ、いつの間に……テレポーテーションか……?



「……手こずってねぇ。人手は足りてる」

「雑魚がどれだけいても雑魚だろ」



 低い声に、一瞬体が硬直する。紫乃は、紫色の目を妖しく光らせていた。



「……って、神空君は思ってるんでしょ?」



 ―――こいつの心理が読めない。ただの考え無しの馬鹿かと思えば、心を読んだような発言をする。

 そしてそれは俺に、恐怖を感じさせた。



「まあいいじゃん。多い分にはさ!」



 再びにっこりと、裏のないような笑みを浮かべる紫乃。

 ひとまずこいつのことは後回しだ。先にヒュドラをどうにかしないと。



「で? お前にはあのヒュドラを静める算段があるんだろうな?」

「え? 無いよ?」

「……………」



 帰れ雑魚。



「真ん中の首を落とすんでしょ? 一気に全部の首、斬り落とせばいけるんじゃない?」

「そうだけどなあ……」

「神空君出来ないの? あんなに「最強だ」って豪語してたのに?」

「豪語してねぇ。全ての首を一振りで落とすこと自体は出来る。が、藍崎がどうしても契約したいって言ってるんだよ」

「えー、彼には無理だよ。諦めた方がいい」



 ケラケラ笑う紫乃。何をもって無理だと言っているのかは気になるが、こいつの意見には賛成だな。実力云々より、こんな危険生物と契約したら後々大変そうだ。毎回毎回召喚して暴れられても困るし。



「もう還しちゃってもいいんじゃない? このままだと被害が大きくなるだけだよ」

「そうだな。お前も手伝えよ」

「え?」

「俺の護衛係だ」

「えー」



 不満そうな顔をする紫乃。なんだその顔は。助けに来たんだから手伝うのが普通だろ。



「無属性魔法を撃たせないようにしろ」

「どうすればいいの?」

「撃とうとしてる首を落とすとか、こっちに来た首を落とすとか」

「僕、力弱いから無理だなー。藍崎君に頼んでよ」



 マジでこいつ何しに来たんだよ。ただの野次馬じゃねぇか。

 はあ……仕方無い。藍崎に頼もう。チラリと目をやると、藍崎はヒュドラの牙から逃げ惑っていた。他の首は翡翠や花園、先程わらわらと出てきた奴らと戦っている。



「藍崎!悪いがもう還すぞ!」



 藍崎の方へ駆けながら叫ぶと、藍崎は悔しそうに唇を噛み締めた。



「チッ……しょうがねぇか……!」

「俺の援護をしてくれ!」

「分かった!」



 右手に魔力を込め、作られた魔法弾をヒュドラへと飛ばす。藍崎を狙っていた首に直撃し、ヒュドラはこちに目を向けた。口に魔力を溜め、こちらへ飛ばしてくる。俺は右へ避けた。藍崎は拳銃を取り出し、ヒュドラへ発砲する。



「ギュオオオオオオオオオッ!」



 ヒュドラの咆哮。俺は再び巨大な刀を作った。ヒュドラは藍崎へ目標を変えている。他の首も、俺には注目していない。強化魔法をかけ直し、一直線に駆け出した。もちろん、向かう先にはヒュドラ。



「喚び出したりして悪かったな」



 地面を蹴って跳躍する。ヒュドラと平行になるように刀を持つ。ちょうどその時気付かれ、二つの青い目玉が俺を捉えた。



「じゃあな」



 刃を水平に振った。肉の感触が手に伝わると同時に、空気を震わせる鳴き声が辺りに響いた。振り切ると、俺の体は地面に落ちた。刀も消え失せる。

 九つの首を失った巨体は、鮮血をぶちまけながら倒れた。ぼとりぼとりと、九つの頭も落ちる。鉄のにおいが一気に充満した。



「ふー……」

「すっげえええよ! 神空!」



 藍崎が興奮気味に駆けてきた。立ち上がろうと手足に力を入れたが、転んでしまった。藍崎が手を差し出してくる。



「大丈夫か?」

「魔力を使いすぎたみたいだな……」



 立ち上がると、突然白い煙が横で上がった。ヒュドラの体が煙に包まれていた。

 煙が晴れると、血溜まりだけが残った。


 ―――わけではなかった。



「なっ……⁈」



 思わず目をこする。疲労の為かと思ったが違った。視界に映る光景は変わらない。藍崎も目を丸くしている。それもそうだ。


 何故なら、血溜まりの中には、小さな黄色い生き物がいたからだ。



「な……んだこれ?」

「さあ……」



 すやすやと眠る黄色い生物。羽も生えており、何となく竜には見える。

 何故ヒュドラの残骸から出てきたのか。ヒュドラが飲み込んでいた生き物? だが、形を保ったままだぞ。

 まさかとは思うが……。



「………これ、ヒュドラか?」



 呟いた直後、俺を呼ぶ紫乃の声が背中に届いた。

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