4話―④『提案』

「分かったな?」

「へーい」



 藍崎が返事をすると、男に鋭く睨まれた。どうやら気に食わなかったらしい。さらに俺に対しては、「返事くらいしろ」と言わんばかりの視線を向けられる。その反抗を込めて顔を逸らした。溜め息を吐かれる。



「次はただじゃおかないからな」

「それならそもそも召喚魔法なんて記述しなけりゃよかったじゃねぇか」

「なんだと?」

「あーもういいよ。帰ろうぜ、神空」



「まだ話は終わってない!」と怒鳴られたが、構わずに踵を返した。藍崎と共に職員室を後にする。部屋から出ると、何故か満面の笑みをする紫乃が待っていた。



「お疲れ~怒鳴られた?」

「怒鳴られた」

「文句言うなら手伝えよって感じだよな!」



 先程の男教師の言い分は、「学園側は極力手助けはしない」というものだった。俺や藍崎の実力を考慮して、無理そうならば手伝う、という判断らしい。

 何をもってどういう基準なのかは謎だし、校舎を壊されてまでそうする理由に納得出来ないが、まあそうするって言ってるなら勝手にそうしていればいい。戦況が悪くなっても、俺が勝てないなんてことは無いだろうし。

 すっかり元に戻った廊下を歩く。校舎も全て元通りになっており、一部に充満していた毒霧も消されている。

 魔導石で修復したのだろう―――そう考えると、いくら校舎を壊されても何の痛手にもならない、ということか。



「というか紫乃。お前、何でこっちに来たんだよ」

「だって神空君が心配だったんだもん」

「朱兎達を守ってくれって言ったよな? しかもこっち来ても役に立たなかったし」

「応援だよ応援~。嬉しかったでしょ?」

「いつお前が応援したんだよ」

「心の中で!」



 そうか。なら今後一切、こいつには頼らないようにしようと俺は心に決めた。

 さて………それよりもだ。面倒事はまだ残っているぞ。



「あ、おかえりー! アニキー!」



 食堂に入ると、朱兎が手招きをしてきた。導かれるように、そちらへ歩いていく。飯時ではないため、さらにあんなこと・・・・・があったため、食堂は閑散としていた。



「どうだ?」

「ずっとねてるよ」



 蘭李が答えた。テーブルに顎を乗せ、じっと「それ」を見つめている。紫乃は蘭李の隣に座り、俺と藍崎は朱兎の両隣に座った。全員「それ」に目を向ける。

 テーブル上で眠る、小さな竜に。



「本当にヒュドラなのか?」

「分からないが、ヒュドラが消えた代わりにこいつがいたんだ。その可能性が高いだろ」

「でもなあ……」



 納得出来ないような顔で腕を組む藍崎。

 俺だって信じられねぇよ。直前まで校舎よりも大きく凶暴だった魔獣が、小型犬並に小さく眠り続ける竜に変わったなんて。

 でもヒュドラじゃなかったらなんだって言うんだ。あの瞬間に新たな魔獣を召喚したわけないだろ。しかもこんな小さな竜を。名前すら分からないってのに。



「神空君。これどうするの?」



 紫乃がヒュドラを指さしながら首を傾げる。

 どうすると言われても、やることは一つだろう。



「還す。そうすれば無害だろ。謎のままだが」

「えっ、かえしちゃうの?」



 何故か驚く蘭李。そして残念そうにショボくれた。



「なんだよ。別にいいだろ」

「……………」



 何も答えず。どうやら不満らしい。何故かと訊くと、蘭李は照れ臭そうに笑った。



「ほ、ほしいなあって思って……」

「………こいつがか?」

「うん。ちっちゃくてかわいいし……」



 こいつ、本気で言ってるのか? 仮にも大暴れした暴走竜だぞ? それに、回復したら元の大きさに戻る可能性もあるし、契約出来るとは思えない。

 諦めろと言おうとした瞬間、先に発言したのは紫乃だった。



「別にいいんじゃない?」



 にこにこと笑いながら、ヒュドラの頭を撫でる。それでも、暴走竜は起きなかった。



「ヒュドラが還らずにわざわざこの姿になったのには、何か理由があると思うんだよね。だから、らんちゃんが契約して、その謎を解いてみようよ」

「理由なんて無いだろ。力を使い切ったからこの姿になった。ただそれだけだろ?」

「ここに残ったら殺されるかもしれないのに?」

「還るのに失敗しただけだろ」

「決め付けるなんて神空君らしくないね」



 俺らしくない、なんてどの口が言ってるんだか。ついこの間知り合ったばかりだっていうのに、俺の何を知ってるんだよ。

 紫乃は笑いながら、蘭李の顔を覗き込んだ。



「それに、らんちゃん契約したいんでしょ?」

「うん……」

「ならすればいいじゃん! 神空君の意見なんて無視してさ! 藍崎君もいい?」

「いいぜ。小さい獣は好きじゃないし、大きくてもまだ制御出来ないし」

「おい。無視するな」

「だってさー、神空君の言うことやること全て正しいわけないでしょ? だったら、何でもかんでも従う必要ないじゃん!」



 ―――蘭李と紫乃が似てる。朱兎がそう言った意味が、一瞬分かったような気がした。

 そして、だからこそ、今だからこそ・・・・・・分かる感情。



 俺は、こいつ・・・が苦手だ。





 その日の夜、蘭李はヒュドラを部屋に持ち帰った。

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アテリースマギサ かいり @kairi5

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