3話―②『儀式』
「おれ、召喚獣に昔から憧れてたんだ」
墨のついた筆を、芝生に走らせる藍崎。緑は黒へと塗り潰され、心なしか生気を吸い取られたかのようにしおれていく。それでも藍崎は、聞いてもない情報をペラペラと喋り続けながら作業を進めた。
「大きな獣を操るって、カッコよくないか?」
「大きいとは限らないだろ」
「でも大きいのもいるだろ! おれはそれに憧れてたんだよ!」
餓鬼かよ……別にいいけどな。
空を見上げると、灰色の雲が広がっていた。微かに雨のにおいもする。降られる前に校舎へと戻りたい。
視線を戻すと、藍崎は描き終わったみたいで、筆とバケツを持ってこちらに戻ってきていた。
「憧れてたなら契約すればよかったじゃねぇか」
「おれ、特殊魔力者なんだよ」
ああ―――だから
召喚獣とは、魔力者が契約した魔獣のことだ。魔力者自身の魔力量によって、契約出来る魔獣は変わってくる。もちろん、量が多い方がより上位の魔獣を喚び出すことが出来る。
だがどういうわけか、召喚獣を喚び出せるのは、属性魔法を持つ魔力者だけであり、特殊魔法を使う『特殊魔力者』や異形魔法を使う『異形魔力者』は召喚獣を喚び出せないのだ。だから俺も朱兎にも不可能であり、一方蘭李には可能というわけだ。
何故なのだろうか、という思案はさておき、藍崎はどうやら特殊魔法の持ち主らしく、だから召喚獣とは縁が無いと主張した。
そこで、この儀式というわけだ。
「これなら喚び出せるよな?」
「理論的にはな」
藍崎は考えた。魔導石でなら、召喚獣を喚び出せるのではないかと。
実際呪文書にも、召喚魔法の記述はあった。普通の召喚儀式通り、魔方陣も描く必要があるみたいで、先程から藍崎はそれを中庭の芝生に描いていたのだ。
これで召喚獣は喚び出せる。だが、不安因子は拭い切れなかった。
「……暴走したら頼むぜ」
笑みを浮かべる藍崎。しかし、笑いきれてはいなかった。
魔導石での召喚が普通の召喚と異なる点は、召喚出来る魔獣の種類が少ないことだった。
普通、召喚儀式の専門書などを読めば、可能な魔獣のほぼ全ての魔方陣と呪文が載っている。
だが魔導石の呪文書に載っていた魔獣の数は、およそ十数種類のみ。あまりにもレパートリーが少なすぎる。
藍崎は「大きくて強い魔獣」と契約したい。しかし、呪文書中で該当する魔獣は五種類しかいなかった。しかもどれも、かなり上位の魔獣である。
本来なら魔力量で選別されるはずなのだが、魔導石には持ち主に関わらず、それを召喚出来るだけの魔力量があった。だから、藍崎にも召喚出来てしまうのだ。
そんな状態で召喚すればどうなるか―――簡単なことだ。
魔獣を手懐けることが出来ず、魔獣に殺される。
それで俺を連れてきた藍崎。昨日の戦いを見ていたのか、余程信頼されているのか……とにかく、魔獣が暴れたら俺に止めてほしいと言ったのだ。
「じゃあいくぞ」
藍崎が魔方陣に向き直り、魔導石を強く握り締めた。そして、呪文の詠唱を始める。
藍崎和泉―――茶髪の癖毛は長く、一つに結んでいる。「最強の魔力者」を目指しているらしく、授業にも積極的に取り組んでいた。
だがしかし、正直こいつがいきなり喚び出せるとは思えない。蘭李程魔法を使えないわけではないが、どの魔法も手こずりつつ習得している。召喚魔法そのものも、そう簡単な魔法ではない。恐らく、不発に終わるだろう。
「………………」
やがて詠唱が終わる。しかし、何も起きなかった。
つまり、失敗ということだろう。
「………やっぱり駄目かぁ」
「こんなもんだろ」
「うー悔しいなあ!」
藍崎は空に両手を伸ばした。その瞬間、始業を告げる鐘が鳴り響く。
「もうこんな時間か!」
「さっさと行くぞ。雨降りそうだし」
「だな! 放課後もやるつもりだから手伝ってくれよ!」
「……仕方無ねぇな」
「サンキュ!」
ニカッと笑った藍崎は、楽しそうに校舎へと駆けていった。俺も徒歩でその後についていく。
手伝う義理は無いが、召喚した魔獣が大暴れしてこっちに被害が及んでも困る。要は予防線だな。
それに、もしこいつが召喚獣を手に入れれば、月末の大会で多少有利になるだろう。教師連中に目に物見せる為には、大会でも大勝しないと気が済まない。全員で勝ってこその復讐だ。
見てろ学園連中め。底辺の底力、見せつけてやる。
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