2話―④『終わった後』

「あっ! どうだった⁈」



 医務室から出ると、蘭李達が待っていた。紫乃はいなくなっており、それが多少引っかかる。



「なあ、紫乃は?」

「え? あ、そういえばいないね」

「そういえばって……」

「ねえそれよりも! あの女の人大丈夫だったの⁈ 蒼祁クン!」



 桜井が詰め寄ってくる。何でそんなに心配しているんだか。むしろ俺を心配すべきところじゃないのか?



「大丈夫に決まってんだろ。ヘマはしねえよ」

「ならいいけど……」

「アニキは強いもんねー!」

「ああ」

「簡単に殺しちゃいそうだからさ……」



 疑いの眼差しを向けてくる桜井。

 そういえばこいつ、医者目指してるんだっけ。だからこんなに怪我人を気にかけているのか。医者も大変だな。



「お前ら、早く部屋戻れよ」

「そうだね。まだお風呂も入ってないし」

「桃子ちゃん……い、いっしょにはいらない?」



 蘭李の言葉に、桜井は途端に目を輝かせた。



「もっちろんいいよーっ! 一緒に入ろーっ! 蘭李ちゃーん!」



 勢いよく蘭李に抱きつく桜井。しばらく頬をすりつけた後、くるりと俺を見て言った。



「いいでしょー。蘭李ちゃんに誘われちゃったー」

「別に」

「嫉妬してる! 蒼祁クンに勝った気がする!」

「今すぐお前も医務室に送ってやろうか?」

「キャー! やだー! えっちー!」



 謎の言葉を残して、桜井は蘭李を連れて廊下を駆けていった。

 何なんだ最後の言葉は。あいつは何を妄想してるんだ。やっぱりついていけない。

 ちょんちょんと、朱兎が首を傾げながら俺の腹をつついてきた。



「アニキー」

「なんだ」

「えっちって何?」

「お前は知らなくていい」

「そっかあ。わかった!」



 基本頭は良くないし、興味のないことは知らずに済んだ朱兎。

 だがもし、桜井にあれこれ吹き込まれたら………まずい。純粋なだけに、全部吸収してあらぬ方向にいってしまいそうだ。駄目だ。そんなことさせねえ。

 俺は朱兎の両肩に手を置いた。



「いいか。桜井の言うことには耳を傾けるな」

「なんで?」

「なんでもだ」

「ふーん。わかった」



 素直に言うことを聞く弟でよかったと、心底思った。

 ―――何を本気で安堵しているんだ俺は。さすがに心配しすぎだろ。疲れてるのか……?



「アニキ! オレ達も行こ!」

「………ああ」



 とりあえず、今日はゆっくり眠ろう。少しだが久しぶりに、ちゃんとした戦いもやったし。

 収穫は大きかったな。魔導石も大分馴染んできた。これなら呪文さえ覚えれば、今まで通りに戦えそうだ。

 見てろ教師共め。俺を底辺だと言ったこと、絶対に後悔させてやる。

 俺は密やかに闘志を燃やしながら、朱兎の後をついていった。



「ありがとうございました」



 女はそう言って、医務室のドアを閉めた。くるりと踵を返し、薄暗い廊下を歩いていく。時刻は二十二時。廊下や教室には誰もいなかった。

 彼女の足取りは荒かった。原因は勿論、神空蒼祁との戦いである。

 見くびっていた、というのは事実である。底辺クラスなんだから大したことなんてない。最強なんて、自称に決まってる―――そう思っていた。

 だが、実際は違った。最強まではいかないにしても、とても底辺クラスとは思えない程の実力であった。

 それどころか、自分よりも強い―――そう一瞬で感じてしまう程に。



「くっ………!」



 女は壁を殴る。鈍い音が響いた。

 あんなにもアッサリ負けてしまうなんて。しかも底辺クラスに。

 信じられない……信じたくない……! この私が……! 底辺に負けるなんて……!



「やあ。初めまして。黄桐おうぎりさん?」



 陽気な声が彼女を呼んだ。振り向くと、紫色の髪をした少年が立っていた。見たところシルマの制服らしきものを着ているが、彼女の顔見知りではなかった。その為、彼女は彼を睨み付けた。



「………誰? 君」

「僕は紫乃。ねぇ、黄桐さんには、何か叶えたい夢とかある?」

「…………はぁ?」



 黄桐は首を傾げた。初対面で何を言っているんだこいつは。そんな目で紫乃を凝視した。

 一方の紫乃は、ごく自然であるかのように言葉を綴る。



「実はね、どんな願いでも叶うアイテムが、この学園にあるんだ」

「………どんな願いでも叶う?」

「そう」



 驚きを隠せない黄桐に、紫乃は不敵な笑みを浮かべた。



「教えてあげるよ。そのアイテムのこと」



 紫色の瞳が妖しく光る。そして二人は、夜の闇へと消えていった。

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