七つと、一つ
空を飛ぶ鯨と飛ばない鯨の違いはなんだろう、というのが父の口癖だった。
じっと見つめていたマグカップをテーブルに置いて顔を上げると、窓際の家族写真が見える。あれは、父の最後の調査前に撮ったもの。その調査から父は帰って来ない。病気がちだった母は、予定通りに戻らないという知らせを聞いて以来、日に日に衰弱していった。今は、わたしはひとりでこの家で父の帰りを待っている。
「空を泳ぐ鯨が居れば、海を泳ぐ鯨がいても良いじゃない」
写真に映る父に呟いてみても届かないことは知っている。遠くから鯨の歌が聞こえた。窓から顔を出すと、鯨が泳いでいる姿が見えた。
「今日はいつもより低いところを泳いでるみたい」
小首を傾げながら呟くと、ふっと白い身体から光るものが見えた気がした。それは鯨から離れ、地上を目指して落ちてくる。わたしは慌てて外へ出た。それは家々から離れた草地に取り残されたように落ちていた。
ぼろぼろになった日記帳とペン、そして家族写真が入ったロケット。それは全て父のものだった。上空から落ちたわりに、綺麗に土の中に埋れていた。
わたしは零れる涙をそのままに日記帳をひたすらめくり続けた。それは調査開始からの日々の記録。
彼らはずっと鯨と共に生活していたのだった。時には鯨の上で寝起きをし、時には体内の中で暮らしていたのだという。
最後のページに記されたのは昨日の日付。最後の一人になったこと、鯨との生活により身体が変異したせいで地上に戻れないこと、この日記を娘に渡したいことが記されていた。日記に父の温もりが残っているような気がして、そっと抱きしめる。
わたしは父の研究の成果を隅々まで読んで、そっとその日記を抽斗のなかに仕舞いこむ。なにが正しいのか、わたしには分からないけれど誰にも明かさずに、秘密を秘密のままにしておきたかった。
七つの鯨の物語 たまき @maamey_c0
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