探偵と戦前の探偵作家 2/5

 「うん、いったん出来たよ。君、ちょっと見てくれないか」


 友人に呼ばれ、僕は背後からノートPCの画面を見る。

 そのサイトでは簡潔に、探しものをしている旨が公開されていた。

 雑誌名、発行年月、備考、それに収録されているであろう作品の名前。

 周知としては申し分ない。


「目的も探してる物も分かる。過不足ないし、分かり易い……」


 そこで一度、口ごもる。


 「何か言いたそうだね、そこは遠慮なく頼むよ」


「……これさ、誰かに使われちゃわないかな」


 ネット上のデータなんて、その気になれば容易にコピーされる。

 この状態はだから、ずいぶんと不用心にも思える。


 「それはもう承知の上だね。コレクション目的なら競争相手が増えるかも知れない。でもこの場合、それでもいいんだよ」


「と言うと……?」


 「最終的な目的を、一体どこに置くかの問題だね。実物を入手するだけなら競争相手が増えるだけで益はない、でも情報の入手だけなら? 実物を持ってて、しかも所蔵し続ける人に協力して貰えるかも知れないよ。収集だけを目的にしてたら名乗り出てさえもらえない、手放す気がないなら単に厄介ごとが増えるだけだからね、仮に所蔵が判明してもほぼ無理な交渉になる」


「文章だけでも手に入ればそれでいい、てことかな?」


 「そうだね。このデータ、前に言った、小林文庫オーナーさんの公開物を下敷きにしてるんだ。その中で、まだ見つかってないものを抜き出してる。これがその公開データの印刷だけど、違いが分かるかい?」


 渡された印刷物と、ノートPCの画面とを見比べてみる。


「出典を分り易くしてるのは分かるけど……あ」


 そこで僕は、この前のネットバトルの件を思い出していた。一般に、人はなかなかリンクを踏まない。一般に、人は手間を惜しむ。何かが明確に読まれる為にはだから、いろいろと工夫する必要がある。


「……だいぶ情報を絞ってる。それに、ページ単体で完結してる」


 他のページを読む必要がない。

 読み手に余計な動作をさせることなく、情報を伝えるよう書かれている。


 「正解。小林文庫オーナーのデータ、あれのカバー範囲は広い、言うまでもなく大変な労作だ。単体で物凄く価値があるのは間違いない、でも網羅的なだけに不向きな事もあるんだ」


 なるほど、少し見えてきた気がする。


「確かにこう、それとこれとでは目的が違う感じだね」


 「うん。探しものがあるなら、網羅的なデータとはまた違った形式で公開する必要があるんだ。たとえばファイル形式じゃダメだ。なぜって、ファイルの中身は検索エンジンに引っかかり辛いからね。おまけにだよ、仮に開いたとして、こちらの望むよう動いてくれるとは限らない。大量のデータを開いて未発見の資料を見つけて、さらにその資料を持ってたかどうかを調べる。君なら果たして、そんな気になるかい?」


「このデータの中に未発見の資料があること、それ自体は分からなくはないけど……未発見のものかの区別にまず一苦労だね」


 「そう、まさにその一苦労が問題なんだ。読んでもらった人に探してもらうなら、こちらでそこに至る苦労を取り除く必要があるのさ。情報は読みやすく必要最小限、ただし探している旨は強調しておく。こうして公開しておけば、いつか収穫の日は来る。少なくとも、ただ無為に過ごすよりはずっと」


「いや、参ったね……いろいろ考えてるとは思ったけど」


 そこまで考えてのこととは、なかなか察しづらい。


 「まあこの場合はね、仕方がないこととも言える。努力は、特にその手法は他人に見せるものじゃない、そう個人的には思うがね、そこを敢えて見せるべき領域もあるのさ。君ならどうだい、こういう内容を公開している者と、ただ単に研究してるとだけ名乗る者、両方いたら果たしてどちらに協力したい?」


「……断然、目に見えて努力してる方を選ぶね」


 「そう想像できるなら、それは必要なPRってことだよ。他人にはね、正直な所、相手の努力の有無なんてなかなか分からないんだ。だから導線を引いて、相手に分かり易くしておくのも重要になる。後は運、そう、まさしく運の問題だよ。それこそ、いつになるかは分からない。でも運要素以外は、何であれやり尽くしておきたいからね」


 納得すると同時。あるいは、と僕は思う。

 友人の尽力が報われる日も、そう遠くはないのかも知れない。


 「この方面はもう網を張れたんだ、しばらくしたら他の網も張りにかかるよ」

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