探偵と不毛のネットバトル 5/5

 「証拠としてはこれで十分だね。さて、君はどうする?」


「そりゃ、この情報を渡すさ」


 言って友人は、やや複雑な顔になる。

 その選択はどうなのかと、疑問視する顔。


 「すぐにかい? そいつはお薦めできないがね」


「……どういう事?」


 「まだ分からないのかい、それとも分からない振りをしてるのか」


 友人の言い方は、あくまで穏やかだった。


 「この情報を渡したら、だ、君はもう用済みなんだよ。この依頼相手、あくまで君曰くの味方にとってはね」


「……そんな」


 「違うかい? 違わないことくらい、薄々でも察してるんじゃないか。君はせめて、先方の仕事とこの情報を引き換えにすることだよ。無論、先渡しなんて論外だ。この件に関して、君が渡そうとしてる相手は純粋に愚かなんだ、愚か者にはこんなこと、100億年かけても思いつけやしない、だからこのカードで交渉としては十分さ。もしそれが無理というなら、そうだね、せいぜい仔細に記録しておくことだね。いつの日かこのことを思い出したなら、君の原稿の足し位にはなるだろうさ」


 無言。

 そんな発想などなかった、とは言っておかねばならない。

 この時の僕はただ、一刻も早く、この馬鹿げた争いから去りたいだけだった。


 「繰り返すようだが、僕はさっさと縁を切ることをお薦めするね。倫理で言えば、両方ともはっきりロクなものじゃない、相手にすればするだけ、損するのがオチさ。そもそも能力で言えば相手側、すなわちあの一人の方がはるかに上だ。それにこんなこと、勝ったとして何もないんだよ。下らないことには最初からうつつを抜かさないことさ」


「そんなことはない、と思うよ……」


 今にして振り返るなら。

 僕の側のそれは、単なる願望だったのだろう。


   ・


  ええっと、なぜか自分も登場してますが、

  ちょっと大変なことになってますね……

  http//ooigawasinjit.jp

  10:39 - 2016年9月12日


 依頼人の白々しい台詞とともに、第二の幕は上がった。

 一幕目との違いは、動かぬ事実という爆弾があったことだ。


 今度のそれは、文字通り痛打だった。

 存在した確たる証拠。そして内通者たちから寄せられた、作戦会議の現場写真。

 すべては嘘つきの戯言――そう言い張り誤魔化すには、証拠の多さは限度をこえていた。界隈への外部からの視線は、ほぼそのまま白眼視へと変わる。

 性的な単語が踊る赤裸な会話に、秘密会議での特定住所への訪問示唆写真。それらを一体、どんな理屈で正当化できるだろう。もう一度言おう、「全部嘘だ」は通らなかった。

 捏造だとの声も上がらなかった。より正確には、上がる前に消えた。事態に耐えかねた一人が、あれは本物だが云々と口を滑らせたからだ。追い打ちにと入手していた露骨な自撮り画像は、相手が未成年であることを考慮し扱わないことになった。


 相手側は大混乱に陥り、自白する者まで出たとは既に述べた。首謀者の青年のアカウントを含め、現在までに少なくとも7つが凍結されている。無論この件だけのことではないだろうが、関係した内の大勢が消えたのは事実だ。依頼人側の凍結者はゼロだったことも、この際つけ加えておこう。

 界隈は、全面的には瓦解しなかった。一切賛同しかねる存在ながら、やはりあの首謀者は頭が切れていたという事なのだろう。行方知れずの者から新アカウントを作った者まで、その現状は様々である。

 混乱のその時、僕は関わりたくない人間を遠ざけ、また遠ざけられもした。そんな中、本当に仲がよかった一人がネットから姿を消したのと、時間の浪費を遠因に二十数年来の友人との仲が切れたのはかなり辛い経験だった。今でもまだ、その時の傷が癒えたとは言いがたい。

 害のない方の嘘つきは、新アカウントで細々SNSを続けていると聞く。恐らくはまた、他愛のない嘘をつき続けているのだろう。

 補導された女子高生のことは知らない。何事もなかったなら、どこかの大学に進んでいるはずだ。願わくば、持ち上げた人間たちの元を離れ、ごく平凡な生を歩んでいることを。


 後日談として。

 諸々の見立てに関しても、友人が正しかったと付け加えておこう。

「邪悪であるが頭は回る」青年は、創作に力を入れ小説を出し続けるようになった。肩書としては正真正銘の新進気鋭、レーベル期待の星と言ったところだ。

 依頼人は相変わらず、日々日々ネットバトルに明け暮れている。

 僕と探偵への報酬は、2年後の今なお支払われてはいない。   (了)

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