探偵と不毛のネットバトル 3/5

 それから数日、僕はずっと頭を抱えていた。

 そしてそれは、全く無理もない事と思われた。


 事件当時の姫のアカウントは数ヶ月前に消えている。

 といって今さら、表で過激な自撮り写真をやり取りする者はいない。

 その位の想像は、いかな僕でも容易につく。

 無論と言うべきか、新しい姫のアカウントは非公開状態だ。


 こんな状況で、依頼人に都合のいい変化があろうはずもない。

 一応の凪、穏やかな状態がかえって不思議なくらいだ。

 ただ首謀者たる青年だけは油断せず、過度に嘘つきの危険を触れ回っている。

 嘘つきは嘘つきでしかなく検証するまでもない、相手にさえしてはならない――。

 そんなもっともな理屈で、嘘つきの一度きりの事実は葬られようとしていた。


 八方塞がりの状況を打開するだけの、誰にも明確な事実。

 そんなものは既に、どこにも無いように思えた。


 依頼人はそれでも、何を根拠にか、世紀の策謀を練ったつもりでいる。

 これを徒労と言わないなら、徒労とは辞書に不要な言葉なのだろう。

 僕が当て所ない捜索をいくら続けようと、まるで実りはない。

 事件にも約束の原稿にも、やはり進展はない。


   ・


 さらに数日後。

 依頼人はまた、新たな策を思いついたらしかった。


   『大井川は●す』

   『ビビって内通者が複数出たから、ひとまずブログを作ってる』

   『ブログ主・蕪村さんの正体は、新進気鋭の評論家・木野さんでした~』


 「救いようのない馬鹿だね」


「悪くない人選、と思うけど……」


 本当に、そうは思うのだけど。

 この頃になると、僕の方の自信はほぼ無くなりかけていた。


 「馬鹿なのは書いたこいつだよ。仲間だ何だと油断して、いい気にブログの書き手までしゃべる必要はないのさ。そもそも手元の情報のいくつかは、相手側に内通者たちがいたから入手できたものだろう? 自分たちが違うという保証などない、固い絆などとでも言い切るなら、それは一切が自惚れに過ぎないよ」


 その台詞に、思いがけず僕は不安を覚える。

 友人は果たして、どんな場をくぐり抜けて来たのだろう。

 僕のところへ流れ着く前に。


 「この調子だと、たとえば君が、はっきり乗り気でなかったことも既に忘れてるだろうさ。君と嘘つきとにほぼ接点がなく、義理立てする動機がないのもね。依頼人の側は君のことなんてどうでもいい、ただ安く使える、有能な奴の手助けが欲しいだけだ。これだけでもう、どうしようもない奴らと分かるさ」


 さすがに僕も意気消沈する。

 たぶんその通りなのだろうと察したからだ。


 「このブログにしても、状況をひっくり返すだけの材料に乏しい。いくら本当であっても、それだけじゃダメなのは君なら分かるだろう。この話はもうこれで終わりさ」


 そしてまた、その通りになった。

 事態は表向き、何も動かなかった。


   ・


 「あまり言いたくはないけどさ、いい加減にしたらどうだい」


 3ヶ月後。

 僕はまだ、この下らない事件に付き合わされていた。

 事態としては何も進んでいないからだ。

 依頼人は飽きることなく、日々日々無駄骨を重ねている。

 もはや徒労との意識もない、ただただこの苦行を止めたかった。


 「僕にだね、君まで愚かとは思わせないで欲しい」


「ごめん……」


 友人を失望させたのは確かだろう。

 さすがにそれは、認めざるを得なかった。


 「謝る必要はないさ。だが正直なところ、見るに耐えないのは確かだ。うん、一度だ、一度きりだけ、手を貸す。でもこの件はこれで終わりだ、以後何も見ない、何も言わないものと思ってくれ」


「……約束するよ」


 「君の方の約束なら信じられるね。よし、じゃあ、片付けるとしようか。全員あわせても切れるのはこいつ、邪悪な一人だけなんだ。消えた姫のアカウントのIDは分かっているんだろう? 他からいくらでもボロは出てるさ」


「でもこのサイト、使ったことは? そりゃ、見てはいたんだろうけど……」


 僕の問いに。

 ややあきれた顔で、友人は言う。


 「何のために君がいるんだい、早速頼むよ」

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