探偵と不毛のネットバトル 1/5
「また厄介事かい」
悩む僕に、友人。
「好き好んで呼び寄せてるような言い方、やめてくれないかな」
「じゃあ厄介事じゃないんだ」
「……厄介事で合ってる」
遠慮容赦なく笑い、友人は訊ねる。
「まあ、一度聞かせてみてくれよ」
ため息まじり、僕は説明する。
・
僕が話したのは平家の、それも壇ノ浦の合戦さながらの状況だった。
違いと言えばただ、トドメを刺されていないだけに思えた。
――そもそもの事件は、ごくありふれたものだ。
インターネット上に、ある才に長けた青年がいた。
実績や肩書があるでもない、けれども純粋に、その才は明らかだった。
青年は美少女を騙り、その才で数多の取り巻きを作っていく。
その中の一人に、SNSで自撮り晒しを繰り返す女子高生がいた。
姫扱い、と言っていいように思う。
青年と取り巻きの一部は、姫を囃し物を贈る。
姫の方も、扱いにまんざらでもない。
エスカレートした自撮りは、なかなかに刺激的な代物へと至る。
――ややこしくなるのは、この辺りからだ。
事態を見かねた一人が、ついには警察へと相談する。
その者は――恐らくはほとんど無害な類の――嘘つきだった。
少なくとも、刺激的な自撮りについて忠告する程度には。
嘘つきのとった、ひどく常識的な行動。
道理か気まぐれか、それは分からない。
ともあれ警察は動き、姫は補導される。
ところがこの嘘つきは、一方で青年と親しくもあった。
前年に通販サイト経由で誕生日プレゼントを贈り、その際に住所が知られてもいた。
無害な嘘つきは追われ、一連の警察沙汰さえも、嘘であるかのように触れ回られている。
肝心の姫のアカウントは消え、自撮り写真はもはや、跡形もないように見える。
何を思ったか、そこで依頼人は、面識ある嘘つきを庇い出す。
面識を認めた上で、嘘つきだがこれは事実なのだと。
よりにもよって、最悪のタイミングで。
およそ勝ち目のあるやり方ではない。
無為にやり込められた依頼人は、しぶとく復讐の機会を伺っている――。
僕が関わる羽目になったのは、そんな時のことだった。
・
嘘つきと僕とに、直接の面識はない。
ネットでのやり取りはたぶん、一度二度のはずだ。
内容さえ覚えていない、相手が覚えているかどうかも疑わしい。
依頼人には警察に行けばいいと言ったが、それは相談済みだという。
嘘つきの方は既に警察が守っており、特に心配はない。
問題はだから、嘘つきの行為の正しさと言うことになる。
嘘つきの恐らくは、ただ一度のまともな行為。
けれども。
それが真実だったと知らしめて、どうという事はない。
嘘つきは嘘つきであり、たまにまともな事もやったと言うだけだ。
端的な評価として、そう差はない。
そもそも、嘘つきが嘘つきであることを前提として、果たして誰が信じるのだろう。そんなことはただ、面倒なだけだ。
ゆえに。
多少救われるのは見も知らない相手の、それもネット上の風評だけ。
実害は今のところなく、特に実名と結びついているでもない。
こうして見ると、前提からして不毛そのものだ。
「……でも、この依頼人がね、『気になって原稿が進まないなあ』てさ……」
悪あがき、と僕も目に見えてはいるのだけど。
浮世での関係はいかんともしがたい。
「つまり君が協力しないと、君が必要とする原稿を書かない、とこう言う訳だ」
けれども友人には、容赦というものがない。
「一体それは、強迫とどう違うのさ」
「……それは。いや、でも……」
「まあいいさ、痛い目に遭うのは君だからね。相手の一方は補導されたし、先を予測して警察にももう届けたんだろう? 特に補導された事実、こいつは面白くこそないが、重要な情報だね」
「……と言うと?」
「警察もそう愚かじゃない、フィクションのそれよりはね。何かの間違いで未成年を補導しました、この度は大変すみませんでした、それじゃあこのご時世、なかなか通らないんだよ。特にゴシップに飢えてるような片田舎ではね。担当の名前つきで、地方紙の片隅くらいには載るかも知れない。片田舎での風評はそれなりに致命的だ。だからよほどの事がないと動かない、動いたら既に何かあったと見ていい。たとえ補導であってもね。こいつはかなりの確率で言い切れることさ」
「なるほど。まあ、向こうも仕事だからね……」
「そう、向こうも仕事、たいていは凡人が凡人を取り締まるだけの、純然たる仕事だ。その場をおさえられたか、余程に露骨な証拠があったか。いずれにせよ、何かあった、と考えるのが知恵というものだ。そしてそんな、ごく普通の可能性に思い至れないなら」
一拍の間。
「この相手に、よほど上手く誘導されてるのかも知れないな」
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