概要
そうしてふたりは、意味のない呼吸をした。
緩やかに朽ちていく工場の廃墟、折れた鉄骨、赤錆、夏の喧騒。
絵の具の鯨と啼きやまないヴァイオリンの弦。
「僕はここで絵を描いてるんだ。なんの意味もない絵を描いている」
緑と赤錆と画材のにおいを肺に詰めて浅く呼吸をしていた、短い夏。
彼は意味のない絵を描き続け、俺は意味のない音を奏でた。時を浪費する。命をもてあます。なまえを教えることもなく、誰でもないように振る舞って。
「僕らは、ふだの提げられた歯車のなかにいるんだよ。廻り続ける。一生を掛けて。死に絶えるまで廻り続ける。そのことに意味なんて言葉を宛がえてみせる、人生の意味だなんて綺麗な言葉を」
どうにもならない生きづらさを感じていたふたりが、ほんのひと時だけ歯車から逃げだして、おんなじところに身を寄せただけの。
「僕はここ
絵の具の鯨と啼きやまないヴァイオリンの弦。
「僕はここで絵を描いてるんだ。なんの意味もない絵を描いている」
緑と赤錆と画材のにおいを肺に詰めて浅く呼吸をしていた、短い夏。
彼は意味のない絵を描き続け、俺は意味のない音を奏でた。時を浪費する。命をもてあます。なまえを教えることもなく、誰でもないように振る舞って。
「僕らは、ふだの提げられた歯車のなかにいるんだよ。廻り続ける。一生を掛けて。死に絶えるまで廻り続ける。そのことに意味なんて言葉を宛がえてみせる、人生の意味だなんて綺麗な言葉を」
どうにもならない生きづらさを感じていたふたりが、ほんのひと時だけ歯車から逃げだして、おんなじところに身を寄せただけの。
「僕はここ
おすすめレビュー
新着おすすめレビュー
- ★★★ Excellent!!!廃墟で絵を描く彼と弦楽器を奏でる僕が出逢う。これは、ひと夏の頽廃美。
名前さえ知らない。訊く必要も無い。
社会の歯車から抜け出したいと願った絵描きの彼と弦を啼かせる僕の物語。
彼等の限られた時間の交流は酷く美しいです。
このようなブロマンスは初めて読みました。
頽廃の夏、鯨の亡骸のような工場跡に、絵の具と植物の混じりあった匂いがありました。
「静かで、暗くて、何にも侵害されない」廃墟に現れた幽霊のような美貌のひと。
彼の描く黒い風景画も、僕が啼かせる弦の音も、すべてが五感に訴えかけ、映像を伴って映し出されるような不思議な感覚に陥る読書体験です。
生きづらさを感じる現世を不図、抜け出した空間で
「何者でもない」存在としていられる時間の透明。
意味の無い演奏。…続きを読む - ★★ Very Good!!泡沫の夢に鯨は泳ぐ
鯨の死骸のような建物中で、主人公は彼と出会った。
互いに名乗らず共に過ごす夏。
誰もが多少は考えたことがあるだろう。
自分のことを誰も知らない場所に行ってみたい――
だれも彼もが自分のことを知っている。知られている世界で溺れて息が出来なくなったとき、主人公は彼と出会った。
息が出来る静かな世界。終わりは初めから決められていた。
それでも主人公は彼に会うため足を運ぶ。
終わりが来るその日まで。
泡沫の夢の如く。
とても静かな世界観です。
そして、見たことのない『絵』が『音』がまるで目の前に映像として浮かぶほどに丁寧な文章と言葉選びが並びます。
どこの誰とも知れぬからこそ、心が通うこ…続きを読む