名前さえ知らない。訊く必要も無い。
社会の歯車から抜け出したいと願った絵描きの彼と弦を啼かせる僕の物語。
彼等の限られた時間の交流は酷く美しいです。
このようなブロマンスは初めて読みました。
頽廃の夏、鯨の亡骸のような工場跡に、絵の具と植物の混じりあった匂いがありました。
「静かで、暗くて、何にも侵害されない」廃墟に現れた幽霊のような美貌のひと。
彼の描く黒い風景画も、僕が啼かせる弦の音も、すべてが五感に訴えかけ、映像を伴って映し出されるような不思議な感覚に陥る読書体験です。
生きづらさを感じる現世を不図、抜け出した空間で
「何者でもない」存在としていられる時間の透明。
意味の無い演奏。価値の無い絵。
時の流れの中に、夏の終わりと共に失われていく時間への悲しみ。
悲しみであるのに、さいわい。
無垢なまま枯れ落ちていく絵が、絵描きの生命の象徴のようで、その終わりは、あまりにも穢れなく、泣きたいほどの美しさでした。
人は兎に角、人生に意味を付けたがるけれど、意味からの解放を願う日があるかもしれません。
そんなとき、無性に辿り着きたい場所を求めると、鯨の骨の朽ちる廃墟に行き着くでしょう。
ときどき立ち寄りたい。そんな場所を見付けました。
皆様も是非、お立ち寄りください。
鯨の死骸のような建物中で、主人公は彼と出会った。
互いに名乗らず共に過ごす夏。
誰もが多少は考えたことがあるだろう。
自分のことを誰も知らない場所に行ってみたい――
だれも彼もが自分のことを知っている。知られている世界で溺れて息が出来なくなったとき、主人公は彼と出会った。
息が出来る静かな世界。終わりは初めから決められていた。
それでも主人公は彼に会うため足を運ぶ。
終わりが来るその日まで。
泡沫の夢の如く。
とても静かな世界観です。
そして、見たことのない『絵』が『音』がまるで目の前に映像として浮かぶほどに丁寧な文章と言葉選びが並びます。
どこの誰とも知れぬからこそ、心が通うこともある。
そっと静かに救い救われることもある。
最後に何が待ち受けていようとも、それが彼との邂逅が夢ではなかったと言う証。
どうかそっと寄り添ってみませんか?