第13話 「死」だけは平等にやってくる
死神のタブーを犯し、生きている人間に死神の鎌を使おうとしていた僕。
相手は、三池の妻だ。
タブーを犯した死神は消滅することも知ったうえで、三池の妻を切りつけようとしたとき、死神パッドに仕事のメールとドクが慌てふためく声に、やむを得ず鎌をしまった。
――それから、二日後。
僕は、仕事のため死者の門へ続く道を、若い女性と歩いていた。
今回の亡くなった彼女は、交通事故に遭って即死だった。
横断歩道を渡っていた彼女に、急に車が突っ込んできたらしい。
しかも、車はそのまま逃走したらしい。
事故現場は、そんなに見通しも悪くない。歩行者がいればすぐにわかるような道路だった。
居眠りか、携帯でもさわっていたのか? 当事者も焦って逃げてしまったのだろうか?
死者の門へと続く道で、女性はずっとしゃべり続けていた。
「ねえねえ、死神さん。いつまで歩かばいいの? 私もう疲れちゃったんだけど」
「ってか、ひき逃げとかありえない! 死神さんもそう思うよね?」
僕は、彼女の言葉を無視して、黙々と歩いた。
「犯人見つかったら死刑になればいいのに!」
延々と話し続ける女性に、僕はうんざりしていた。
「ねえ。何とか言ってよ、死神さん! もう本当に最悪、私が死ぬなんて……」
そして、彼女が一方的に話している間に、死者の門の前に着いた。
「さあ、ここが死者の門だ。ここから先はお前ひとりで行くんだ」
僕は、彼女に言った。
「はぁ~い。わかった。行ってきます。」
彼女は、軽く返事をして死者の門へ向かった。
「――おい。待て」
僕は、彼女に声をかけて引き止めた。
「なに死神さん?」
彼女は振り返って僕を見ている。
「最後に聞きたいことがある。お前は死んでしまったが、現世に心残りはあるか?」
感情を捨てなければならないのに、僕はまた死者の心に踏み込もうとしている。
それを聞いてどうする? また、死者のために何かするのか?
僕は、自問自答していた……。
「う~ん。もっと遊んで暮らしたかったかな。毎日、楽しい生活してたから。それができなくなるのは残念かな」
彼女は笑顔で話している。
「お前が死んで悲しむ人はいるか?」
「そうね。夫や家族や友達は、私がいなくなると悲むと思うわ。どうしてそんなことを聞くの?」
彼女は、不思議そうに僕を見ている。
「いや何でもない。あの世に行ったら会いたい人とかいるのか?」
僕は続けて聞いた。
「う~ん。いないかな。両親もまだ生きているしね。あの世で会いたい人はいない」
彼女は、あまり考えもせずに答えた。
「そうか。それなら別にいい。辛い思いをしなくてすむからな」
彼女は、さらに不思議そうな顔で僕を見ている。
「どういうこと?」
彼女は僕に聞いてきた。
「もし、会いたい人がいたとしても、たぶんお前は会えないだろうからな……。そうなると辛い思いをするだろうと思ってな。会いたい人がいないのなら良かったぞっ」
彼女は、僕の言葉の意味が分からず、眉をしかめて苛立っているようだ。
「どういう意味なの! 何が言いたいの! はっきり言ったらどうなのよ」
僕は彼女の目をグッと見たて答えた。
「死者の門に入ればわかることだが、特別に教えといてやろう!」
僕は彼女を睨むように見た。
彼女は少し怯えている。
「──三池幸子。お前は「地獄」行きだ!」
彼女は、僕の言葉に驚いている。
「俺様は、お前にあの世で会いたがっている奴を知っている……」
「えっ?」
彼女は目を大きく見開き、戸惑っている。
「でも、お前はそいつのことを忘れている。俺様は、つい先日そいつを死者の門まで送った。最後までお前の心配をしていたよ……」
──数秒間、時が止まった感覚になった。
「だっ……、だ……い……、大輝!」
彼女は、泣き崩れた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 私……私……」
交通事故で死んだ女性は「三池幸子」。
無実の罪で死刑になった「三池大輝」の妻だった。
僕は、幸子に三池とのこと、自分が幸子を殺そうとしていたことを全部話した。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
幸子は、そればかり繰り返している。
「謝る気持ちがあったなら、三池に会うなり手紙の返事を書くなりできたはずだ。もう手遅れだよ」
幸子は、ずっと蚊の鳴くような声で「ごめんなさい」と言い続けている。
「これからお前は審判を受ける。そして地獄行きとなるだろう。自分のしたこと、三池にしたこと、地獄でしっかり償ってこい」
彼女は、ずっと「ごめんなさい」とつぶやきなら、下を向いて死者の門へと入って行った。
これで、三池も少しは救われたのかもしれない。
あの時、死神の鎌で三池の妻幸子を殺していたら、僕は消えて、今ここにはいなかっただろう。
――あの時、救われたのは僕の方なのかもしれない。
冷静になって考えたら怖くなってきた。
ドクの言う通り、感情的に動くのはダメなことだ。僕が手を下さなくても、人はいつか死ぬ。
その時が来るのが、遅いか早いかだけの問題だ。
「ブハハハハッ! ロッキュー!」
俺様は変な笑い方の死神。もう無茶はしない。しっかり死神として生きる。
世の中には、色んな奴がいる。
死神になって、今まで見えなかった人の心の内側を見ている。
人間の時の僕を、死に神の僕が見たらどう思うだろうか。そんなことを考えていた。
今になって、ドクの言ってた言葉がすごく胸に刺さる。良い奴も悪い奴も、いつかはみんな死んでしまう。
──どんな奴も「死」だけは平等にやてくる。
僕が死神になった理由 僕が生きた証 @bokuiki-akashi
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