第2話 僕が死神になった理由

 20階建てのビルの屋上から飛び降りて、死のうとしていた僕。

 「おい!」とういう声とともに、目の前に立ちはだかった黒い壁のようなもの。

 何が起きたのかわからず、僕はとっさに後ろに下がり、屋上に尻もちをついた。


「だっ、だれだ!」

 と僕は震える声で叫んだ。


 すると、黒い壁のようなものは、ゆっくりと僕の方に近づいてきた。

 目をしっかり開けて見ると、黒い壁のようなものは人の形をしていた。

 どんどん近づいてきて、次第にその姿はハッキリ見えるようになった。


 黒身黒づくめで、フードをかぶり、骸骨のような顔をしており、目は赤色に光っていた。


「おっ、おっ、おばけ!」

 とっさに僕は叫んだ。


「おいおい、失礼なやつだ。俺様は死神だ!」

「名前は『サイ』。おばけなどと一緒にするな!」

 黒ずくめの骸骨は、不機嫌そうに僕に言った。


「死神サイ? 悪戯なら他でやってくれよ! 僕はこれから……」

「死のうとしているのだろう? だから俺様が来た」

 僕が話し終わる前に、死神は食い気味で言った。


「なっ、なんだよ!僕を殺しに来たのか?」


――数秒間の沈黙の後、死神は大声で笑った。


「ヌハハハハッ! お前勘違いしてないか? 死神は人間を殺したりしない。正確には『人の生死を左右することはできない』のだ」

「いいか! 死神の仕事は、死が近い人間を迎えに行くことだ。そいつの死を見届けて、出てきた魂を『死者の門』あの世の入り口まで無事に連れていくことだ」

 そう、死神は僕に言った。


「はぁ? そもそも、死神なんているわけないだろ。 仮にいたとして、こんなにはっきり見えるなんて、やっぱり悪戯か何かだろう」

 僕はまだ、目の前にいる死神を受け入れられないでいる。


「まあ、普通の人間に俺様は見えないな。死んで魂になった人間にしか見えない。でも、たまに死期が近いと魂になる前に、死神の姿が見える奴がいるんだよ」

「お前の目には、俺様はどんな姿で映っている?」

 変な質問をする奴だなと僕は思った。


「なんだよ急に? 黒づくめで骸骨みたいな顔で赤色の目だろ?」

 僕は答えた。

 そしたら死神はまた大きな声で笑った。


「ヌハハハハッ! そうだ、それが俺様の本来の姿だ。人によっては、俺様のことが『大切な人の顔』に見えることもあるらしいぞ。よくわからんが人間は自分の都合のいいように解釈するらしいな」


――今まで会話をして、死神が何を言いたいのか、何をしたいのかさっぱりわからなかった。


「それで? もしお前が本当に死神だったとして、何しに来たんだよ。僕はまだ死んでないぞ?」


 すると死神は、僕に顔を近づけてこう言った。


「お前は今、自分の人生が嫌でここから飛び降りて死のうとしていたよな? 俺様も今、死神の仕事に飽き飽きしていたところなんだよ。だから、お互いつまらない人生を終わらせようって話だ」


 やっぱり何を言っているのかわからない……。


「ど、どう言う意味だよ」


 聞き返す僕に、死神はさらに顔を近づけてこう言った。


「お互いの体を交換しようぜ。お前は死神として自由に生きる。俺様は人間の生活を楽しむ」

「どうだ? 悪い話じゃないだろ? どうせ死ぬつもりだったんだろ? お互いにとっていい話だろ。死神の仕事さえしていればあとは自由だ。人間にも見えないし、この世界を自由に飛び回れるぞ」


――僕は少し考えた。


 もし、こいつの言うことが本当で、本当にそんなことができるなら、こいつに僕の人生を任せようか。

 僕は死神になるけど、今の苦しみから抜けだせる。でも、こんな奴に僕の「家族」や「仕事」を任せても大丈夫なのだろうか? 

 無茶苦茶なことをするんじゃないか? 

 

――だからと言って、この話を断っても、僕はビルから飛び降りるだろう。

 

 今まで、死のうとしていた自分が急にいろんなことを考えているのが不思議でしょうがなかった。


 僕に今ある選択肢はふたつ。

 「死神の話を断って自殺する」か「死神になるか」のどちらかだ。

 僕には「自殺をやめる」選択肢はなさそうだ。

 今、思いとどまってあの生活に戻っても、すぐに思い詰めてしまう。そんな気がした……。


 うつむき考える僕の顔を、死神は不思議そうにのぞき込んでいる。

――時間だけがゆっくりと過ぎていく。


 僕は結論を出した。


「死神! お前と僕の体を交換する! 但し条件がある! それだけは絶対に守ってほしい」

 死神はにやけ顔でこちらを見ている。

「条件だと?」

死神は不機嫌そうな顔になり聞き返した。


「僕の家族を悲しませることだけはしないでほしい。

死神に、こんなことお願いするのは、自分でもどうかしていると思う! それでも、その約束だけは守ってくれ。頼む!」

 僕は、涙ながらに死神に訴えた。

 そして、死神はこう言った。


「お前は、わがままな奴だな……。もし、お前が自殺していたら、家族を悲しませることになっただろう。そう思う気持ちがあるなら、なぜ生きようと思わない? なにより俺のことが信用できるのか?」


――僕は唇を噛みしめうつ向いていた。


「まぁいい。約束は守る。こちらも人間として生きられるのだからな」

 死神は僕の目を見て答えた。そして、もう一言。

「俺様からも一つ約束してほしい。死神の仕事だけは何があってもやり遂げろ。そうしないとお前が死神でいられなくなるぞ」


 僕も死神の目を見て答えた。

「わかった!約束だ。死神の仕事は必ずやる」


 僕と死神は、固い握手を交わした。

「契約成立だな」


 握手をしたまま、僕の意識はどんどん遠くなっていき一瞬記憶が途絶えた。


――目を開けるとそこには、僕が立っていた……。


「これからはお互い、楽しく生きよぜ! ヌハハハハッ! オッケー!」

「体を交換した俺様たちはお互いが見える。何かわからないことがあれば聞きに来い」

 死神は嬉しそうだ。人間になれた喜びをかみしめているようだった。


「改めて、俺様の名前はサイ。今から一ノ瀬心として生きる。お前も死神らしい名前を付けなければな」

 死神はそういうと、僕に名前を付けたいのか考えている。しかし、その前に僕の方から提案した。


「ロック! 死神ロックはどうだろう」

 僕の趣味はギターだった。少し照れながら言った。


「ロックか! いい名前じゃないか。では、これかよろしくなロック!」

「家族を頼んだよ。サイ!」

「まかせておけ! 約束は必ず守るたちでな」


 そう言って、サイは軽く手を上げて町へと消えていった。


――これが「僕が死神になった理由」だ。

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