第8話 それがあいつとの約束だ

 俺様「死神サイ」は、一ノ瀬心(いちのせしん)」という人間と体を交換し、人間として生きることになった。そして、一ノ瀬の自宅前まで帰ってきた。

 この玄関を開けると、俺様の人間として、一ノ瀬心としての生活が始まる。


──ガチャ。


  俺様は、自宅のドアを開けた。

 すると。ドドドドッ! と勢いよく誰かが走ってくる音がした。

「お父さんお帰り!」

 そう言って、俺様に勢いよく飛びついてきたのは、一ノ瀬の娘「芽依(メイ)」だった。


 俺様は、少し驚き戸惑ってしまった。

 死神の時は、人間に姿が見えることもなく、ましてや触れられることもなかったから……。


「あれ? お父さん? どうしたの?」

 芽依は不思議そうに、俺様を見ながら首をかしげている。

「あ……、ああ。ただいま」

 俺様は、少し控えめに返事をした。

 

 普段、一ノ瀬心は家族に対してどういう風に接していだろうか? 少し話を聞いておけばよかったな。

 娘に手を引っ張られてリビングに入った。

 キッチンでは、一ノ瀬の妻「春菜(はるな)」が晩ごはんの用意をしていた。


 俺様が帰ったことに気づくと、春菜は料理をしていた手を止めてこっちを見た。

「あなた、お帰りなさい。ごはん、もう少しでできるから、休んで待っててね」

 ニコっと笑うと、止めていた手を動かし料理を続けた。

 俺様は、ソファーに座り辺りを見回していた。

 これが一ノ瀬の家か。

 あいつなかなか良い家に住んでいるではないか。

 

 その時、芽依が俺様の横にちょこんと座り、顔を覗き込んで話しかけてきた。

「お父さん……。あのね! 今日ね! 小学校の音楽の時間にね。お歌が上手って先生に褒められたの」

 芽依は、嬉しそうに話している。


「おお。それは良かったではないか! 褒められることは良いことだぞ」

「ん? ではないか? お父さん何だかしゃべり方変だよ」

 芽依は、妙にウケている。俺様は、内心焦った。

 死神生活が長かったせいか、話し方がおかしくなっていた。


「あっ! 俺様……。 いやっ、お、お父さんしゃべり方を間違えたみたいだな。はははは。芽依が褒められるとお父さんもすごく嬉しいぞ。今度、歌を聞かせてくれ」

 俺様は、何となく笑ってその場をやり過ごした。

 話し方がイマイチしっくりこない。

「うん! 今度お歌聞かせてあげる。お母さん! お父さんに今度お歌聞かせてあげるんだ」

 芽依は、すごくはしゃいでいる。


 ──そんな、やりとりをキッチンから見ていた春菜も笑っていた。

 

 しかし、突然。

 芽依が俺様の顔を見ながら、真剣な表情で話し始めた。

「お父さんは……。お父さんだよね?」


 俺様は、その言葉と芽依の表情に驚いていた。もしかして、バレているのか?

「そ、そうだぞ。いつものお父さんだ。何か変か? しゃべり方か? ははは」

 俺様は、笑って誤魔化しながら答えた。


 芽依は続けた。


「あのね。お父さん。いつもお仕事から帰ると、すごくしんどそうにしているから心配だったの」


 ──芽依の真剣な表情に、俺様は彼女の目をしっかり見て話を聞いた。


「いつもお仕事から帰ると、怖いお顔になってるから。あんまり、お話しもできなかったんだよ。でも、今日は、私の話をいっぱい聞いてくれるから嬉しい。でも、無理はしないでね……」


 芽依は心配そうな顔で、俺様を見ている。

 そこへ、春菜が話に入ってきた。


「私と芽依は、本当にあなたのことを心配しているの。私たちが、大丈夫?って言ってもあなたは不機嫌な顔をして何も話してくれないから」


 俺様は、二人の顔を見ながら答えた。

「心配してくれてありがとうな。でも、もう大丈夫だからな」

 自分から、こんな言葉が出てくるなんて、正直驚いた。でも、この言葉は俺様の本心だったと思う。


──なぁ、一ノ瀬心よ……。


  お前には、こんなに思ってくれる家族がいて幸せじゃないか。

 一家の大黒柱だから、家族の前で弱音も吐くことができなかったか?

 本音で話せていたら、お前も少しは救われただろうな。

 でも、お前は自殺を考えるくらいだから、よっぽど苦しくて追い詰められていたんだろうな。

 子どもにまで気を遣わせてたら父親失格だぞ……。


 芽依……。立派に育ってるじゃないか……。


 そんな些細なやり取りの中で感じたことがある。

 人間になれた俺様がすべきこと。

 俺様がやりたいこと……。

 それは……。


「家族を幸せにする。悲しませたりしない」


 少しのやり取りで、なぜだかそんな気持ちにまでなっていた。不思議だった。


 でも、まぁ、それがあいつとの約束だ。

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