第12話 救われたな

 僕とドクは、三池の妻を観察していた。

 三池の妻は殺人犯だが、かわりに旦那がすべての罪を被って死刑になった。

 そして、三池の妻は今、高級住宅街で、金持ちの男と暮らしている。

 自分の犯した罪のこと、三池への思いを確認するために観察していた。


 三池の妻を観察して5日が経った。


 三池の妻は、毎日きれいな格好をして出かけては、セレブ仲間と楽しそうに遊んでいる。


 ここ数日観察をして感じたことは、今の生活に満足している様子だ。何不自由ない生活を送っており、変な優越感にも浸っている。


 セレブ仲間と食事をしている時も、だいたいみんな自分の自慢話をしている。テレビでよく見る、謙遜しながらの自慢話だ。

 聞いているこっちが恥ずかしくなる。


 見栄の張り合い、心の探り合い、本人がいないところでの陰口、そんなので本当の友達だと言えるのだろうか。


 僕から見れば、「お金」と「肩書」が服を着て見栄の張り合いをしているようにしか見えない。それを全部取っ払って、丸裸になっても友達と言ってくれる人たちはいなさそうだ。

 

 そして、三池の妻から驚くべき一言が出てきた。


「前の旦那はさ、給料も少ないくせに、調子に乗って少し良いマンション買って、いつもギリギリの生活をしてたのよ。ほんと、あんな人と別れて良かったわ」


 僕はその言葉に震えが止まらなかった。


 それに同調して周りの友達も話を広げる。


「そうよね。あなたから、前の旦那さんとの生活を聞くと、いつも不憫に思うわ。でも、いい人見つかって良かったわね。運命の人よ」


「そうよね。前の旦那とは大違いよ」


「別れた旦那さんとには連絡とったりしているの? 今は何しているの?」


 と、三池の妻は聞かれた。


「もう未練もないし、連絡なんて取るわけないじゃない。どこで何をしてるかも知らないわ」


「もう、冷たい人ねぇ。一度は好きになった人なんだから心配してあげなさいよ」


 と言って、みんなで笑っていた。


 僕は、その会話を聞きながら吐き気を覚えた。

 三池の妻は、家に帰ってからも今の旦那にベタベタだった。


 三池の妻は、何も変わっていない。


 なぜ自分が犯罪を犯したのかを、全く理解していない。お前は今、自分が殺した人たちと、全く同じことをしているんだぞ。

 いつか、恨みをかって自分が傷つくかもしれないこともわかっていない。


 何の反省もしていない……。


 もう、三池のことや自分の犯した罪をすっかり忘れているようだった。


 一人の時も、三池のことを思い出すような素振りもなく、明日着る服を見たり、ネットショッピングで欲しいものを買ったり、友達と電話して、そこでも三池をネタにするぐらいだった。


 僕が観察した一週間、少しも寂しい表情をすることはなかった……。


──僕は覚悟を決めた。


「なあドク」


「何でやんすか旦那」


「これじゃあ、三池が浮かばれないよな」


ドクは黙っている……。


「この前の話覚えているか? 死神の力を使って人間の命を奪うこと……」


「覚えているでやんす。でも、それは死神界のタブーでやんす。死神が人間の生き死にに関わってはいけないでやんす。そのタブーを犯すと死神自身が消滅するでやんす。正直反対でやんす」


 僕は、怒りを抑えながらドクの話を聞いていた。


「ほぼ初対面の相手の為に、ロックの旦那の命を懸けるなんてバカバカしすぎます!」


「どうせ一度は、終わらそうとした命だよ」


 僕は、そういいながら死神の力を開放し、緑色に光る大きな鎌を取り出し、強く握った。


 本来ならこの鎌は、魂が逃げ出し抵抗した時に使うもの、それを人間に使う。

 生きている人間にも効果はある。


――そして、僕は三池の妻とともに死ぬ!


 「旦那! ダメでやんす! サイの旦那もこんなこと望んでないでやんす」


「サイは関係ないだろう! あいつは死神が嫌になり僕と体を交換して、人間として生きることを選んだ。僕が死のうが関係ない!」


 僕は、死神の鎌をさらに強く握り、三池の妻にジリジリと近づいた。


「それは、違うでやんす! サイの旦那は……」


 ドクが必死で僕を止めようと、何か言っているのは聞こえたが、ドクの言葉は僕には届いていなかった。


 僕は、三池の妻を睨み付けながらそらに近づいた。


「旦那は、自分の奥さんや子どものことは気にならないでやんすか! 人のことを心配する前に自分のことを心配するでやんす」


「うるさいっ!」


 ドクを怒鳴りつけて、僕は、三池の妻の目の前まで来た。


 「覚悟しろ! お前のやったことは許されることではない。ここでお前の人生を終わらせてやる!」


 僕は、三池の妻に向かって、死神の鎌を大きく振り上げておろした。


──その時。


「キキキキッ! キキキキッ!」


 タイミング悪く、死神パッドにメールが届いた。

 僕はその音に驚き、とっさにてを止めた!


「旦那! 旦那! 仕事でやんす!」


  死神の鎌は、三池の妻の首ギリギリのところで止まっている。あと数センチ動かせば、三池の妻の首を鎌で引き裂きさける。


「はあ……」


 僕は、大きなため息をついたと同時に、緊張の糸が切れてしまった。


「何だよドク……。仕事優先か……」

「そうでやんす! 仕事が一番でやんす! 先にメールをしている見てください」


 僕は、死神パッドで仕事の内容を確認した。


「はあ……」


 仕事内容を確認した僕は、また、大きなため息をついた。


 「二日後だな……。行くぞドク」


「はいでやんす」


──救われたな。

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