第11話 僕はまだ「人間」だ

 三池から事件の真相を聞いた僕は、この前気になって見てきた、三池の妻のことを話すことができなかった。それよりも、怒りが沸々と湧きあがっていた。


 自分の夫が、自分の罪を被り死刑になったのに、何もなったかのように暮らしている。

 一体何人の命を奪ったと思っているんだ。

 僕は、三池の妻に怒りを覚えていた。


――そして、死者の門へとたどり着いた。


「死神さん。ありがとう。今まで誰にも言えなかったけど、最後に話ができてスッキリしたよ。一番の気がかりは僕の妻のことです……。事件の後から、手紙を出しても返事がない。絶対に立ち直れていないだろうな…」

 三池は、最後の最後まで妻を心配していた。


「三池……。実は、お前の妻の様子を見てきてやったぞ。今は普段の生活に戻れているみたいだ。だから心配せずに天国に行ってこい」


 僕は、嘘ではないが詳しいことまでは伝えなかった。


「良かった……。妻は何とか大丈夫そうなんですね。本当に良かった」

 三池は泣きながら喜んでいる。

 だって、それぐらい言わないと、お前はあの世に行っても、妻のことを心配し続けるだろ?


「えっ? 死神さん天国って? 僕は殺人罪で死刑になったんですよ。地獄行きでしょう?」


 三池は、不思議そうに聞いた。


「お前のような奴が地獄行きなら、人間ほとんど地獄行きだな。最後の審判では嘘は通らない。何もかもお見通しだからな」


 僕が三池に話をすると、三池はニコッと笑った。


「じゃあ、行ってきます。ありがとう死神さん」


 三池は、手を振りながらスッキリした顔で死者の門へ入っていった。

「ブハハハハッ! ロッキュー!」

僕は、いつものように笑って送った。


──死者の門がバタンと閉まった。


 僕は、死者の門を見続けていた。

 ドクは、帰ろうとしない僕を不思議そうに見ている。


──この世とあの世の中間。死者の門への道。そこにあるのは静けさだけ。


「なあ、ドク……」


「なんでやんすか? ロックの旦那」


──次に僕が発した言葉に、ドクは驚いた。


「だ、だ、だ、旦那っ! 何を言い出すかと思ったら! 冗談でしょう!」

 ドクは驚きと焦りで戸惑いを隠せない。


──ドクは、しばらくの間僕の目を見ながら考え込んでいた。


「できないことはないでやんす。しかし、それをすると旦那も……。その覚悟が、旦那にはあるんですか? そこまでする必要あるんですかい?」


「ある!」


 僕は迷うことなく答えたが、多分、今の僕は、正常な判断ができていないと自分でも感じていた。


──僕らは、死者の道から現世に帰ってきた。


 僕は、ある人間を捜していた。


──三池の妻だ。


 三池大輝は、妻の罪を全部被り、殺人者扱いされて死刑になった。

 そして、その当事者の妻は、三池のことをどう考えているのか知らないが、新しい生活を送っている。

 池の妻が、三池のことを今どう思っているのか確かめたかった。


 少しでも、自分の犯した罪への罪悪感があり、三池のことを片時も忘れず生活をしているのなら、僕は、三池の妻を許すことができるだろう。

 

 しかし、そうじゃなかったら僕は三池の妻を……。


――三池の妻が住む家についた。


「なあドク。今日から三池の妻を観察するぞ」


「ロックの旦那が、そこまでする必要ないでやんす。だから死神は感情を捨てないといけないでやんす。死者一人一人に色々な事情があるのはわかりますが、それに付き合っていたら旦那が持ちませんぜ」


 確かにドクの言うとおりだと思う。

 頭ではわかっているが、心がどうしてもいうことを聞かない。


 家族や友人が死んだんわけじゃなのにい。

 全く知らない奴に対して、ここまでするのはどうかしているかな……。

 ほんの少し、死者の生前の背景を見ただけで、感情的になる必要はないと思う……。

 

 多分、僕たちは「人が死んだ」ということだけで、その人や周りの人に同情してしまうんだろう。


 多分、僕たちは、「人が死ぬ」と言うことに対して、何も思わずにはいられないだろう。


――それが、赤の他人だとしても……。


 その感情は、間違って無いのか? 

 そう感じないといけないから悲しむのか?


 「死ぬ」って何なんだろう……。


 そんなこと考えていると、ひとつだけわかることがあった。


──僕はまだ「人間」だ。

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