第10話 何やってんだよあいつは
明日、三池が死ぬ……。
死刑が執行される。
この二日間、三池を観察して感じたことは、不安な表情はしているものの、死刑に対しての動揺はなさそうに感じる。
でも、何に対しての不安なのだろうか……。やはり、妻のことを考えているのだろうか。
この前、看守同士が話している会話を聞いた。
どうやら、三池は定期的に妻へ手紙を送っていたようだが、返事が来たことは一度もなったそうだ。
そして、いつしか三池は、妻へ手紙を書くことをやめたという。
三池の妻のことが気になった……。
手紙の返事もない、三池に会いにも来ない。
そりゃそうだよな。
目の前で人が殺されるのを見て、しかも殺人をしたのが自分の夫なのだから、そうそう立ち直れる話ではない。
三池からの手紙を見たり、会ったりしたら嫌でもその記憶がよみがえるだろうな。
ショックから立ち直れていないのだろう。
可哀そうに……。
自分の夫が「殺人犯」と言うレッテルをはられ生きることも、苦痛だろうな。
そう考えると、三池への怒りと、三池の妻への同情の気持が出てきてしまう。
──感情を殺すと決めたのに。
考えないようにしていたのに。
ドクは、心配そうに僕を見ている。
「大丈夫だよ、ドク。僕は…、俺様は死神だぞ! 感情などないわ。ブハハハハッ」
僕は、ドクを安心させるためにおどけて見せた。ドクは、「やれやれ」という表情で笑っている。
──でも、やっぱり気になる。三池の妻がどうしているか心配だ。
三池が手紙を出し続けていたということは、妻に対して何らかの思いがあるはずだ。
僕は、自分に何もできない事はわかっていたが、三池の妻の様子を見に行った。三池が死んだあと、せめて妻の様子だけでも伝えてやろうと思ったからだ。
「旦那! あまり深入りしない方がいい。辛くなるだけでやんす」
ドクは、僕にそういったが、気持ちを抑えることができなかった。
──三池が住んでいたマンションに着いた。
当然のことだが、殺人のあった部屋は「事故物件」となり今は住んでいる人はいない。
もちろん、三池の妻も引越しており、郵便受けにはたくさんのチラシや手紙が挟まっていた。
そんな中、三池が出したであろう手紙が一緒に挟まっていた。僕は、その手紙を手に取って読んだ。
「これを最後の手紙にするよ。君は何も悪くない。悪いのは全部僕だ。今まで君には苦しい思いをさせてすまなかった。君の苦しんでいる気持ちに気づいてやれなかった僕がダメなんだ。あの日の出来事を忘れることは難しいかもしれない。だけど、忘れる努力をしてほしい。そして、新しい人生を歩んでほしい。僕もいつ死ぬかわからない。もう君に会えないのは辛いが先に行って待ってるよ」
──なんだよこれ。
手紙の内容を見て、僕はますます三池という人物がわからなくなっていた。
手紙の内容から、これが三池の本心だということは感じられる。妻のことを愛している、しかし事件に関しては、なんというか……、反省の言葉もなく、ただ自分を責めている。
──そして、僕は「死神パッド」の検索機能を駆使して、何とか三池の妻の現在の居場所を突き止めた。
僕たちが着いたのは、この地域でも有名な高級住宅街。ここが、三池の妻が暮らしているところだ。
家の前で待つこと30分。黒塗りの高級車が家の前に停まった。
助手席から降りてきたのは、高級ブランド服に身を包み、アクセサリーを散りばめ、派手な化粧をした女性だった。
高いヒールを履いて、カツカツと歩いている。
いわゆるセレブだ。
これが、三池の妻だ。
僕は、また想像していた人物像と違っていたことに驚いた。そして、運転席から降りてきたのは、いかにも「お金持ち」といった風貌の男性だった。
二人は仲良く腕を組み家の中へと入っていった。
僕は、少々拍子抜けした。三池の妻は、事件のショックから立ち直れていないことを想像していたからだ。
三池の妻は、お金持ちの男性と付き合い、なに不自由ない暮らしをしていた。この二人が夫婦関係にあるのかどうかはわからないが、間違いなく恋人同士ではある。
三池の妻とその男性は、この高級住宅街の中でも一目置かれるような存在で、周りからもチヤホヤされていた。
どうやら、この住宅街に住む人は、肩書やお金もちかどうかで人の価値を決める人たちが多いようだ。
普通のサラリーマンなど相手にもされないだろう。
――僕が一番苦手な部類だな……。
三池の妻は、あの事件を忘れられているのだろうか? 三池のことを忘れたのだろうか?
それとも、忘れるために必死で、自分を着飾っているのだろううか?
僕は、色んなことを想像していた。
でも、三池を忘れて新しい道を歩んでいるのは、彼女にとってもいいことだろう。
そういうことで、自分を納得させた。
──そして、次の日「三池大輝」の死刑が執行された。
三池の死体から魂が出てきた。
僕は身構えた。
何しろ、相手は殺人犯。凶悪な魂が出てくるぞ。
逃げられることだけは、避けなければならない。
魂が、三池の形になった。
三池は、辺りをキョロキョロと見渡しながら、何が起きたのかわからず戸惑っている。
その時、僕と三池の目が合った。
「誰だっ!」
三池は驚いている。
「俺様は、死神だ。三池大輝! お前は死んだ。お前は今から俺様と死者の門へ行くのだ。わかったか」
僕は、慣れない声色を使い、出来るだけ怖い死神を演じた。
「僕は、死んだんですね……。そうか、死刑が執行されて……。死ぬと何もなくなるのかと思ってましたが、こんな風になるんですね。しかも、死神が本当にいるなんて」
そう言って驚きながらも、辺りを見回したり、自分の体を確認している。
抵抗する気配も、逃げる気配もない。
今回は、拍子抜けすることが多い……。
僕は少し気疲れしていた。
「よし。お前を今から、あの世へ続く死者の門へ連れていく。一緒に来い」
「わかりました」
三池は素直に返事をした。
「旦那。思っていたより素直ですね」
ドクが、僕にささやいた。
僕は、死神パッドのアプリ立ち上げ、死者の門へと続く道へ、三池を連れて移動した。
──死者の門へ続く道。
三池は、見たことのない風景に、また辺りをキョロキョロ見回していた。
何もない道を、会話もなくただただ歩いて行った。ここまでは順調だ。しかし、いつ三池が逃げ出そうとするかわからない。
僕は気を張っていた。
「あの~。僕は今からどうなるんですか?」
ずっと黙っていた三池が口を開いた。
「これからお前は、死者の門へ行き審判を受ける」
僕は、答えた。
「審判? ですか?」
三池は不思議そうに聞き返した。
「そうだ、生きていた時の行いなどを審査して。お前が天国に行くか地獄に行くか決めるんだ」
「そうですか……。僕は地獄行きかな」
三池は、ため息をつきながら、なぜか少しほほ笑んでいる。
「当然だ! 殺人の罪で死刑になったやつが天国に行けるわけないだろうっ!」
僕は、強い口調で三池に言った。
「そう……、ですよね。僕なんかが天国になんていけませんよね」
三池は、少し悲しそうな顔をしながらも、無理して笑顔を作っている。
僕は、ずっと気になっていたことを、三池に聞いてみた。
「お前は何で、人を殺したんだ。しかも、女や子どもを。本音を言うが、お前が殺人を犯すような奴には見えない。衝動的にやってしまったのか?」
──三池は、うつむいたまま黙っている。
そした、重い口をようやく開いて話し始めた。
「事件のことは、墓場まで持って行くつもりでした。ども、もう死んだから話しても大丈夫ですよね」
三池の表情が少し柔らかくなった。
「ここも墓場のようなものだ。全部話せ。聞くことぐらいしかできないが、我慢していることがあるのなら全部吐き出してから行け」
僕は、三池に話した。
三池は少し嬉そうだ。
「僕が、妻を追い詰めていたんです……。それに気づかなかった」
三池は、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「僕は、どこにでもいる会社員でした。収入は少し贅沢できるぐらいのもので、夫婦二人仲良く暮らしていたんです。そして、お金をためて、少し背伸びをして高級までは行きませんが、マンションを買ったんです。妻も大喜びで、僕たちは幸せに暮らしていたんです。でも……」
三池の表情が少し曇ったが、話を続けた。
「マンション内で、妻も友人ができて主婦仲間で集まっては部屋で話をしたり、食事に言ったりして、近所付き合いも大事にしていたんです」
「でも、妻の友人たちの旦那さんは、ほとんどが僕よりも優秀な人達で、会社でも役職がついていたり年収も僕の倍以上だったりで、みんな身に着けている物も高級品がばっかり……」
三池は続けた。
「いつも、旦那の自慢や高級品の話ばかりする友人たちに対して、妻はニコニコ話を合わせながら受け答えをしていました。」
──でも。
「いつからか、それがストレスになっていたみたいで、僕に対しても『あそこの旦那さん昇進したんだって』とか、『あの人の旦那さんお給料これだけもらってるのうらやましいよね』と言ってくるようになりました」
「僕も仕事で疲れて帰った時に、そういうことを言われると、ついイライラして辛く当たってしまうんです。しかも、勝手に高いブランド品を買って、友人たちに自慢していたこともありました」
三池は、これまでの経緯、妻との関係などについて事細かに話してくれた。
──そして事件は起こったんです。
「僕がいつものように自宅に帰ると、妻がしゃがみこんで泣いていたんです」
「手には包丁を持っていて、目線の先には、妻の友人三人とその子どもが血を流して倒れていたんです。妻は、泣きながら笑っていました。そして僕は、妻の手から包丁を取り上げて……」
その先を三池は話さなかった。
涙をこらえ下を向いている。
「お前が、妻の代わりにすべての罪を被ったんだな?」
僕が尋ねると、三池はぐっと唇をかみ、大きく頷き、泣いた……。
──三池の話を聞いて、今までモヤモヤしていた感情が一気に晴れた。でも、複雑な心境だ。
三池は、人を殺すような奴ではなかった。
「自分が妻を追い込んだ」、「妻を救えなかった」その罪悪感からすべての罪を被った。
妻もその日、友人たちの言動についに限界がきて衝動的に犯行に及んだらしい……。
僕は、三池にかける言葉がなかった。
こいつは何も悪くない。
罪を被って死刑なんてあんまりじゃないか。
しかし、事が起こる前に何とかできなかったのも事実。悔しいだろうな……。
──そして、僕はふとブランドに身を包んだあの女を思い出していた。
夫が自分のために死刑になったのに……。
――じゃあ、何やってんだよあいつは!
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