エピローグ

「分かったわ。でも……うちの部署の子達も誘うんでしょう? だったら私は行けないわね」

「ええ、そうですね……まあ、仕方ないですか」

「大丈夫。実愛にはちゃんと伝えておくわ」

「よろしくお願いします」


 仕事の休憩中、人目を盗んで皆藤主任を面談室に誘った。書類を提出する際にメモを挟むという、古典的でOLみたいな誘い方をとったが、パソコンのメールでチョチョイとやれば良かったと少し後悔する。


 何故こんなことをしているかと言うと、ちょっと取り急ぎ進めたい計画があったからだ。


 皆藤主任は職場だと言うのに、ニコニコした表情を俺へ向ける。


「それにしても橘君、本当に良い顔になったわ。そんなに紗月ちゃんの事が好きなのね」


 俺は少し照れたように頬を掻いた。


「ええ……紗月は、大切な家族ですから。それじゃあ俺は次行きますんで」


 そう言って俺は席を立つ。


「あ、皆藤主任。表情緩んでますよ」

「言われなくても知ってるわ。ちゃんと切り替えて行くから早くいきなさい」


 言葉の通り、この部屋を出る頃には仕事モードへと切り替わっているんだろう。いつも通りのクールビューティーへ。


 皆藤主任を面談室に残し、俺はオフィスへ足早に向かった。





 オフィスへ入り、自分のデスクへ向かうと、声を掛けていた美波さん、佐口さん、漆原が既に待っていた。


 俺は三人に事のあらましを簡単に説明した。


「――――――と言うことなんです。急で申し訳ないんですけど、次の日曜日、なんとか都合つかないですかね?」


「ん、私はいいよ~」

「俺も大丈夫かな」


 佐口さんと漆原は軽く返事をする。それに対して美波さんは、真剣な表情でなにやら考え事をしている様子だった。もしかしたら先約があったのかもしれない。


「美波さん……? 予定があるならそっちを優先してもらって構わないですよ?」


「――――……え? ああ、違うの。予定はないから大丈夫だよ。色々準備するもの考えてただけだから。紗月ちゃん、どんなものが欲しいかなー?」


「え!? いや……美波さん、そんなに気を遣わなくてもいいんですからね? 来てくれるだけで充分なんですから」


「ダメだよ橘君。そういうわけにはいかないでしょ! そういう特別な日はちゃんとしなくちゃ」


「まあ……そうなんですけど、そういうのは俺が準備してますし……」


 するとバシーン! と背中に強い衝撃が走る。


「お前が遠慮するなって! 今回の主役は橘じゃないだろ?」

「いてて……じゃあ、お言葉に甘えて……」


 俺はヒリついた背中をさすりながら言う。


「あのー……先輩? 横で盛り上がってるところ悪いんですけど、どうして私にはお声が掛からないんですかね?」


 俺の隣のデスクに座っていた松永がジト目で訴えかけてくる。


「いや、どうせ聞こえてただろ? 松永はどうするんだ?」


「どうするんだ? って! いや、そりゃあ聞こえてましたよ! でも最初から声掛けられてないし、今の話も完全に蚊帳の外の扱いでしたからね!!? それにたまたま私がここに居たからいーものの、居なかったらどうするつもりだったんですか!!?」


「だってお前、ボッチだからそこから動かないじゃん。どうせ聞こえる範囲にいるだろうから、わざわざ声掛ける必要はないかなーって」


「くっ……ボッチ扱いしやがって……言い返せないのがツライ……」

「で、松永はどうするんだ?」

「行くに決まってるでしょう!! とびっきりのすんごいの用意してやるんだからっ!!」

「あ、ハグは禁止な」

「うう……先輩が絶好調過ぎてツライ……」


 うん。職場の人はこれで全員か。皆来てくれるようだしホッと胸を撫で下ろす。



 残すは後二人――



 仕事の帰り道、俺はある人物へ電話を掛けた。


『はいはーい、タカ兄? どうしたの?』

「あ、千冬? 今ちょっと時間大丈夫か?」

『うん、大丈夫だよ』

「そうか。実は――――――」


 他の皆に説明したように、電話越しの千冬にも同じ説明をする。


「――――というわけなんだけど、日曜日大丈夫か?」

『オッケー、大丈夫だよ。お姉ちゃんにも言っておけばいいんだよね?』

「ああ、よろしく頼む」

『麻優美ちゃんは?』

「いや…………あの子にはちょっと内密にお願いしたい……」

『ふーん。タカ兄も大変そうだね!』

「知ってるなら余計な事、言うんじゃねえ」

『へへへ。じゃあ日曜日ねー』


 そう言って千冬は電話を切った。俺は画面が暗くなったスマホをポケットへ仕舞う。


 皆藤主任の方は返事待ちになるが、これで一応全員に話がいきわたった。


 あとは日曜日を待つばかり。


 本当に楽しみで、このまま宙に舞い上がってしまうんじゃないかと思うほど、浮足立ったまま帰路に着いた。



 ***




 私が貴大の元へ帰ってきて一週間。冬休みが終わった最初の日曜日。


 今日の貴大の様子はどこかおかしかった。


 なんだろう……字が目に見えてしまうかと思うほどソワソワしている。さらに言えばソワソワという音が聞こえてきてしまいそうなくらいだ。


「今日は……天気がいいな…………ん? どこか気圧の様子がおかしい。これは急にひと雨来るかもしれないぞ。紗月、今日は家で大人しくしていた方がいいかもしれない」


 いや、おかしいのは気圧じゃなくてアンタだよ。朝の天気予報でも降水確率0%だったし、空は雲一つない晴天だった。


 それに今日は実愛ちゃん達にも予定があるからと遊びを断られている。元々、今日の私は外に出る予定は全くない。


 しばらくゴロゴロテレビを見ていると、玄関のチャイムが鳴った。


「んん? こんな時間に誰かな? 紗月、ちょっと見てきてくれないか?」


 なに、その棒読みの台詞くさい言い方は。そんなんじゃ、あえて演技してますよって言ってるようなものだよ。

 まあ、家の外に出さないようにしていたあたり、誰かを呼んでいるのはなんとなく分かっていた。私は溜息を吐きつつ、仕方なく玄関へ向かう。


「いやっほ~~!! おっじゃましまーす!!」


 玄関の扉を開けたのは実愛ちゃん。その後ろには控えめなサーシャちゃんも一緒だった。


「え!? 実愛ちゃん!? サーシャちゃんも……今日は予定があるんじゃなかったの!?」

「そうだよー。今日、私達はきたんだよ!」

「え……? 貴大に……?」


「まあ、とりあえず上がってよ」


 振返ると私の後ろに貴大が立っていた。貴大は実愛ちゃんとサーシャちゃんを家にあげる。


「貴大……どういうことなの?」


 私は貴大に小さく耳打ちをする。


「全員揃えば分かるよ」


 貴大はニヤついた顔でそう言うとリビングへ引っ込んでいった。


 全員……? これからまだ、誰か来ると言うんだろうか?


 そんなことを考えていると、一人廊下へ取り残される。


 するとまた、玄関のチャイムが鳴った。私はそのまま玄関の扉を開ける。



「あ、紗月ちゃん。こんにちは。ちょっと久しぶりだね」

 そう言ったのは叔父さんのところの千夏さん。


「いやあ、紗月ちゃん。この前は迷惑かけたね」

 妹の千冬さんも一緒だった。


「タカ兄に呼ばれたから上がらせてもらうね」

 そう言って二人は玄関を上がる。


「え? え? ちょっと……今は……」


 実愛ちゃんとサーシャちゃんが来ている――と言う間もなくリビングへ入って行った。


 これは――どういうこと――?


 千夏さんと千冬さんも貴大に呼ばれたと言っていたけど、この二人と私の友達とは接点がない。貴大はそんな人たちを集めて、一体何をしようとしているんだろうか?


 私も続いてリビングに入ろうとするも、そこで玄関のチャイムが鳴った。


「ええ!? また!? もう! 次は誰!?」


 来た廊下をまた戻り、三度目になる玄関の扉を開ける。玄関先に立っていたのは貴大の職場の人の佐口さん、松永さん、うる……なんとかさん、そして美波さんだった。


「えー……っと……皆さんも貴大に呼ばれて……ですか?」


「うん、そうだよ。お邪魔します」


 美波さんがそう言うと、皆さんが次々と玄関を上がっていく。


 いや――……ちょっと待って。さすがに人数多すぎじゃないのかな? あの部屋に全員入れたらギュウギュウだと思うよ。それに、なんか皆、結構大荷物なんだよね。


 本当にこんな時期に、一体なにをしようというんだろうか…………



 私は一番最後にリビングへ入る。


 貴大と二人だった時とは打って変わって、人口密度がヤバイことになっていた。


 それに――――部屋の雰囲気もさっきとは全然違う。


 テーブルの上には沢山のオードブルやペットボトルの飲み物。一番最初に来た実愛ちゃんとサーシャちゃんが、せっせとそれらを並べている。千夏さんと千冬さんは折りたたみ式の小さなテーブルなどをセットして場所づくりをしていた。


「これって……?」


 私はその様子に目を丸くして立ちつくす。


「今日の主役は紗月ちゃんだよ。こっちおいで」


 嬉しそうに手招きする美波さんの方へ行く。そして美波さんは手から下げていた袋から、大きな箱を取り出しテーブルの中心に乗せた。


「紗月ちゃん。この箱開けてみて」


 私は言われるがまま、置かれた箱を引き上げる。


「え!!?」


 驚きの声を上げた私の目に映ったのは、とても大きなケーキだった。中心には『さつきちゃん、9才の誕生日おめでとう!』と書かれたプレートが置かれている。


「え…………でも私の誕生日は……」

 困惑した視線を貴大へ向ける。


「ちょっと……いや、半月も遅れたから結構か……でも、どうしても皆に紗月の誕生日を祝って欲しかったんだ」


 貴大はちょっと照れた様子で頭を掻く。



 そうか――私の誕生日は十二月二十八日。


 その時の私はお父さんの所に居て、自分の誕生日も忘れるくらい色んなものに追われていた。毎日同じことの繰り返しで、曜日感覚どころか今日の日付すら頭にない状況だったんだ。



 私はもう――九歳になっていたんだと、この時初めて実感する。



「えーっと……皆さんの抱える荷物はもしかして……」


 私はゆっくり周りを見回す。皆さんそれぞれ大きな紙袋や袋を持っているし、実愛ちゃんやサーシャちゃんもいつもよりも大きなバッグを持っていた。


「「「ぜーんぶ紗月ちゃんの誕生日プレゼントだよ」」」

 皆さん口を揃えて全く同じことを言う。


「えええええ!? こんなに沢山!!? そんなには貰えないよお……」

「持って帰るわけにはいかないでしょ! ちゃんと貰ってくれなくちゃ困るよ!」

 実愛ちゃんにわき腹を小突かれる。私は再び貴大の方を見た。



「遠慮するなよ。皆、紗月の為だけに集まってくれたんだ。

 だから分かるだろ?

 紗月の周りに居るのは俺だけじゃない――――ここがお前の居場所だよ」



 ああ――もう!! なんなの!? こんなことされて、嬉しくないわけがないじゃない!!



 お母さんが亡くなって私は一人になった――

 色んな絶望や孤独を感じたけど、それを貴大が救ってくれた。

 それでも、こんなにも沢山の人に誕生日を祝ってもらう日がくるとは思っていなかった。


 心がとても温かくて、嬉しい! が沸き溢れて止まらない。

 あまりの嬉しさに、思わず涙ぐんでしまうほどだった。



「ほら、紗月ちゃん。ケーキにロウソク立てよ」



 私は美波さんと一緒にロウソクを九本立てる。

 それに火を点け、奏でられるバースデーソング。

 歌の終わりと共に、吹き消したロウソクの火。

 鳴りやまない大きな拍手。



 うん、私はとても幸せだ――――



 お母さん――見ていますか?

 今の私は、こんなにも沢山の人に囲まれて幸せです。

 これも全部、貴大のお陰――


 だからもう――大丈夫だよ――


 今度はあの時の様な強がりじゃない――

 心の底からそう思える――そんな素敵な場所に巡り合えたよ――




〈第一部 ここがお前の居場所だよ。 完〉

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