第15話 これにて一件落着?

 なにはともあれ、ほっとした。

 万が一、子供が犠牲になるようなことがあれば……そう考えただけでゾッとする。


「お前達、茶番に付き合わせてしもうてすまんのぅ」

 子供達の祖父は皺だらけの顔に笑顔を刻んで、和泉さんと北条警視に話しかけた。


「まったくですよ、こっちは非番だったっていうのに」

 北条警視は苦笑いしている。


 え? なに、この人達は知り合いなの?!


「あの~……」

 何がなんだかさっぱりな私は、誰にともなく話しかけた。


「結局のところ、何がなんなんですか……?」


 モミじー、と隆人は相変わらず私にひっついてくる。


「あら、郁美ちゃん。ごめんなさいね、妙なことに巻き込んで」

 特殊捜査班の隊長、北条警視。見た目は普通のイケメンだけど、しゃべると全然普通じゃない。


「この人はね、昔の県警捜査1課長だった岩井さんよ」

 へぇ……そう言われてみれば確かに、小柄ではあるけれど年齢の割に背筋はしゃきっとしてる。

「娘夫婦が最近、上手く行っていないみたいだからなんとかして欲しいって協力を頼まれた訳よ。そこで考えたのが、あのシナリオ」


 それはつまり……。


「子供が誘拐されたなんていう一大事になれば、夫婦で協力せざるを得ないでしょう?」


 どうりで。

 何か変というか、緊張感が足りないというか……おかしいと思ったのよ。


 でもね。緊急事態に限って、嫌な一面が表に出て……却って上手くいかなくなるケースだってあると思うのよね。


 ま、この夫婦に関しては成功だったみたいだけど?


「……」

「悪かったわね、せっかく念願の初デートだったのにねぇ?」


 まったくだわ。

 胸の内ではそう思ったけれど。


「そんなことありません。子供達があんなふうに、笑顔になれるなら……良かったと思います。私のことよりも、そっちのほうがずっと大切です」


 どう?

 この台詞、かなりイケてない?!


 和泉さんの私に対する印象アップ間違いなし!!


 ……と、思ってたら。

 和泉さん、スマホ画面に見入ってる。


 なんてことなの。



「あんた、モミじーさんか?」

 突然、隆人のお祖父さん……岩井さんに話しかけられた私はびっくりして思わず声をひっくり返してしまった。

「は、はい……?」


 いや、私は別にモミじーじゃないんですが……。


「いやぁ~、噂に聞いとった通りのべっぴんさんじゃのう。隆人が一目惚れする訳じゃ」


「あの、どうして私のことをご存知なんですか? 私、この子とは一度ぐらいしか会った記憶がないんですが……」

 すると岩井さんはやれやれ、と困ったような顔になった。


「なんじゃ。覚えとらんみたいじゃぞ? 残念じゃったのぅ、隆人」

「……」


「……おいおい、泣かんでも……」


 え? 私のせい?!


「あんた昔、比治山公園前派出署におったことがあったじゃろ?」


 それは私が初任科を卒業してから最初に配属された交番だ。

「はい……」


「その頃、娘の家族がすぐ近くに住んどったんよ。隆人はのぅ……身体も小さいし、家も貧しかったけぇな、近所の子にようからかわれとった。そんな時、あんたが仲裁に入ってくれたそうな」


 そんなこと、あったっけ?

 記憶を辿ってみる。


 確かにあの交番の近くには幼稚園があって、いつも小さな子供達が押し合いへし合いしながらキャイキャイ騒いでいた記憶がある。

「ものすごく怖い顔で『この子のことをイジメたら許さないから』って、隆人のために怒ってくれたんだそうじゃ」

 思い出せない。

 もしそれが真実だったとしたら、つまり……子供の泣き声がうるさくて、面倒くさくて思わず怒鳴ったのかもしれない……。


「それこそ、仁王様みたいな恐ろしい顔立ちだったそうじゃ……」

「え、阿修羅だって聞きましたけど?」


 ちょっと!!

 和泉さん《好きな人》の前で、なんてこと言うのよあんた達!!


 元捜査1課長、特殊捜査班隊長。

 覚えてなさいよ?!



「そのすぐ後ぐらいかのぅ。あんたが交通安全指導のイベントで幼稚園にやってきてくれたんじゃって。大好きなモミじーの格好をしとったって、えらい喜んどったよ」


 モミじー、と隆人は再び私にまとわりついてくる。

 そういうことだったのか。

 私が覚えていなかっただけで、この子はずっと覚えていてくれたんだ。


「モミじーに会いたい、会いたいちゅうてな……悪い思うたんじゃが、昔の伝手を頼ってあんたを割り出……いかんいかん、どうも古い癖が抜けんでのぅ」


 ほんとだわ。

 それじゃまるで、私が何かの事件の容疑者みたいじゃないの。


 で、この一連の茶番に私を巻き込むことが、お祖父さんから孫へのプレゼントだったと言う訳ね。


 なんてことかしら。


 けど、不思議と怒りは感じない。

 むしろ……。


「ところで、どうして身代金が500円なんですか?」


「ああ……それがのぅ。ワシの勘違いだったんじゃ」

 元捜査1課長は苦笑いする。

「え?」

「この公園の駐車料金が1日500円だと思ってたら、無料じゃったって」


 なんてつまらないオチなの……。

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