第12話 ワンコイン

 やっぱり、何か変。


 普通は誘拐された人質と言うのは、恐怖に怯えているものだ。


 ストックホルミング症候群というのがある。


 人質立てこもり事件などにおいて、閉鎖された空間に長い間、犯人と一緒に時間を過ごすことで奇妙な絆が生まれ、少なからず親しくなるというものだ。


 けど。それとも違う気がした。

 この手のことに関しては素人の私だってそう考えたのだから、プロはもっと変だと思ったに違いない。



「ねぇ、坊や」

 北条警視が隆人に声をかける。

「本当に、知らない人だった?」

「……」

 それこそ知らない大人に話しかけられ、隆人は困惑した顔をする。


 彼はプイっ、と私の方に向かって走り出す。


「隆人!!」

 母親が彼の腕を掴んで引き留める。

「ねぇ、大事なことなのよ!! 拓斗が無事に帰って来られるかどうか、あなたにかかってるのよ?!」

 お母さん、そんなにプレッシャーをかけないであげて……。


「知らない!!」

「隆人!!」

 母親は彼の小さな頬を思い切り叩いた。


 すると。

 火がついたように幼子は泣きだしてしまう。

 私は思わず、駆け寄って彼の小さな身体を抱きしめた。


「美羽子!! お前、隆人に八つ当たりしたって仕方ないだろう?!」

「あなたはどうしてそんなに呑気なの?! 拓斗が、あの子に何かあったら、どうするつもりなの!!」

「わかってるよ!!」


 再び、着信音。


『……警察に報せたのか……?』

 さっきも聞いていた。


 こういう事件の場合、必ず犯人は【警察には報せるな】という。だけど。


 報せない親なんていない。

 自力で何とかできる事件じゃないもの。


「い、いいえ!! そんなことはしていません!!」

 母親がそう答えたところで、果たして犯人がどれほど信用するだろうか。

『……まぁ、いい』


「要求は、どうしたら息子を返してもらえるんですか?!」

『今夜午後10時……比治山公園展望台に来い。家族全員でだ』

「え……?」

『いいか、遅れるな』

「あ、あの。お金、お金は……?」


『……500円』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る