第14話 初回東京オリンピックの頃
「な……何をやってるんですか!! こんな、こんな性質の悪いイタズラなんて……!!」
真っ青な顔で怒っているのは隆人の父親。
額に幾つもの青筋を浮かべている。
「警察の人まで巻き込んで、どういうつもりですか!!」
私は子供達の母親をちらりと見た。
驚きでただただ、声が出ない様子。
「……心配いらん。そいつらは全員、ワシが考えた茶番に付き合ってくれただけじゃ」
茶番?
そいつらって誰のこと?
まさか、和泉さんを含めて特殊捜査班の隊長まで……?
私は思わず、隆人のお祖父さんなる人をまじまじと見つめた。
見たことのある顔……じゃないと思う。誰だろう?
「何やってるのよ、お父さん!!」
子供達の母親が吠えた。
「ふざけるにもほどがあるわ!! こんな、こんなことして……何のつもり……」
言いながら彼女はポロポロと泣きだしてしまった。
ママぁ、と隆人が母親に駆け寄る。
「子供達のためじゃ」
静かだけど、厳かな口調。
「どういう……?」
お祖父さんはどっこいしょ、と近くにあったベンチに腰かけた。
「お前達、ワシの反対を押し切ってまで結婚したくせに……この頃、ようケンカしとるらしいのぅ?」
夫婦は一瞬だけ顔を見合わせ、そうして気まずそうに逸らした。
「隆人と拓斗は、不安じゃったんよ。父親も母親も同じぐらい好きなのに、2人がケンカばかりしとるちゅうて」
「そ、それは……雅人さんが!!」
「何言ってるんだ、俺だけのせいにするのか?!」
「やめんか!!」
2人とも口をつぐんだ。
「離婚の話まで出とったそうじゃのう?」
「……」
そんなに深刻な状態だったんだ。
それは、子供たちにしてみれば気が気でなかっただろうな……。
「隆人も拓斗も、思い出して欲しかったんじゃよ。家族がみんな、仲良くしていたあの頃のことを……」
そう言って老人は空を見上げた。
「以前は貧しくて、子供達を他所の家の子達みたいに、あちこちに遊びに連れて行ってやることもかなわん。でも。ここならすぐに来られて楽しめる。星空を見て、家族みんなで楽しんだ……子供達は2人ともこの公園から見る景色が大好きだったんじゃ」
確かに。
ここから見られる星空は文句のつけようもない。
まわりには視界を遮る高いビルもマンションもなく、木々の間から輝く星達がダイレクトに視界に飛び込んでくる。
「子供がさらわれた、なんちゅう一大事が起きれば、夫婦で協力し合わない訳にはいかんじゃろ。そういうことじゃ」
隆人の両親は顔を見合わせ、気まずそうに目を逸らした。
「何じゃったかのぅ? あの便利グッズとやらは。そりゃ商品がヒットして儲かって、金の心配はせんでも良くなった。子供たちが他の子達と比べられて気まずい思いをすることもなくなる、それはよかったんじゃ……けどのぅ」
確かにそうだ。
他の子達がみんな持っている物を、金銭的な理由で持たせてあげられないというのは、親にとっても苦しいだろう。その家庭の教育方針は別として。
そして、子供達の世界は残酷だ。
親が貧しいから、ということでからかわれたり、いじめられたりする可能性は高い。
……あれ?
今、何か思い出しかけた……。
隆人の祖父は空を見上げて、続ける。
「今度は仕事に時間を取られ過ぎて、家族と過ごす時間が犠牲になった。金がよう回るところには、ハイエナみたいな連中も集まってくる……」
「……」
「身の丈にあった暮らし、ちゅうもんがある。わしゃ別に、仕事を、商売を辞めろと言っとる訳じゃない。ただ、家族と過ごす時間だけは確保して欲しい……」
夫婦はすっかり黙りこむ。
「まぁ、わしが言っても説得力はないかのぅ。自分だって、仕事仕事で、家庭を犠牲にして……妻にも娘にも、愛想を尽かされたクチじゃけん」
いわゆる高度成長期時代と呼ばれた時代があった。
生活はどんどん便利になって、景気も上向きになった。
でも。
仕事第一で家のことは奥さんに任せっぱなし、家族に必要な物質的なものを備えることに必死だったお父さん達。
それはそれで立派なことだったのかもしれない。
だけど。
物質と精神は決して、比例なんかしていないのよ。
今の時代には【社畜】なんていう言葉が当たり前になるぐらい、仕事に追われて、ロクに休めない人もいるのが現状。
家族を養うため必死なお父さん達は、どれほどの重圧を感じていることだろう。
ふと、自分の上司を思い出した。
あの人は時々、定時に退社する。しなくてはいけない作業が残っていても、だ。
初めの頃は、なんて自己中心的な人だろう!! と、思って反発も覚えた。
けれど。
愛妻家の評判は伊達じゃなくて、真実だった。
あの人は時々だけど、家族と過ごす時間を大切にしたくて、優先順位を見極めていたのだと。
ガサツで野蛮で、デリカシーの欠片もない、典型的な中間管理職だと思ってた。
でも、意外にちゃんといろいろ考えているのね……。
「パパ、ママ……」
隆人が両親を見上げる。
「星が綺麗だね」
にっこり笑った幼子の笑顔につられるように、母親が膝を折って泣きだしてしまった。
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