第2話 それは世間一般でいうところの……

「12月24日。確か、お前確か非番じゃったの?」

 私が返事をしてもしなくても、このオジさんは勝手に話し始める。


「……その日なら!! 岸田さんに代わってくださいってお願いしました!!」

「……ほうじゃったかのぅ?」

「そうですよ、係長。つい今朝も言いましたよね?」

 と、岸田さんが援護してくれる。


「……はて?」

 ボリボリと剃り後の濃い顎を撫でながら、係長と呼ばれた私の直属の上司……相原警部補は首を傾げた。


 そう。世間一般で【クリスマスイブ】と呼ばれるカップルのためのイベントの日。


 毎年、このシーズンが近づくと……切なくなる。だって。


 私には好きな人がいる。今はまだ片想いなんだけど。


 けど……これが全然、思うようにならなくてね。

 

 去年たまたま、この日が非番で、どうしても用事があって街に出かけたら……どこもかしこもカップルだらけ!!


 私だって、彼とあんなふうに……!!

 そう考えていたら段々と虚しくなってしまった。


 こんなことなら徹夜ででも、仕事してた方がマシ。


 そういう苦い思い出があるので、今年も同じ日に非番となった時、私は迷わず勤務シフトを変わってくれと同僚にお願いした。

 彼女持ちの岸田さんは二つ返事で了解してくれて、これでお互いハッピー、と思っていたんだけど。


「ほんなら、断っとくか……」


 え? なにを?

「一番ええ日じゃと思ったんじゃが……仕事の方が大事じゃ言うんなら、向こうも納得するじゃろう」


「……何ですか……? 何の話……」


 すると係長。

 ニヤリと悪人面に笑顔を浮かべて、

「お前のぅ、忘れとるんか。それならそれでええんよ、別に。ワシは可愛い部下の幸せを願って……」


 え? なに、何?!


「な、なんですか?」

「お前、和泉の奴とデートしたいですぅ、なんとかして約束を取りつけてくださぁい、ってワシに泣いて縋ったじゃろうが?」


 何を言ってるのかしら、このオジさんは。

「泣いて縋った覚えはありませんし、和泉さんのことを【奴】だなんて……え……?」


 えええ――――――っ!!???


 がたっ!!


 私は思わず椅子を蹴り、上司の胸ぐらをつかんで揺さぶった。


「ま、ま、ま、まさか本当に……ほんとうなんですか?!!」

 ついさっき、催促してやろうと心に決めたばっかりだったのに!!


「平林さん、力入れ過ぎだよ!!」

「え?」

 やだ、係長ったら白眼剥いてる。大げさなんだから……。


「……ごほげほっ……お、お前……ワシを殺す気か?!」

「係長なんて、殺したって死なないでしょ?! それで、本当なんですか? いつの話なんですか?!」


「……」

 さっき12月24日だって言ったよ……と、岸田さん。


「夢ですか? 悪戯ですか? それとも、現実なんですか?!」

 私は思わず、自分のではなく係長の頬を叩いた。


「ええ加減にせぇーーーっっっ!!」


 はっ、いけない。私ったら……。

 ぜえはあ、肩を上下させつつ、私の上司は怒鳴った。


「……悲しいぐらいに現実じゃ」

 それは日本語としておかしいけど、この際たいしたことじゃない。


「うそ……」

「まだ疑うんか? まぁ、ええ。じゃけど。お前がデートよりも仕事したいっちゅうんなら、今から断りに……」


「岸田さん、ごめんなさい!!」

「え……?」

「やっぱりあの話はなしで。ほんと、ごめんなさい!!」

「えーーーっ?! 何言ってんだよ、今さら……!!」

「この借りは必ず埋め合わせますから!!」


 いいじゃない、次の日だって世間的にはクリスマスよ。

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