第5話 宮島のご当地ゆるキャラ
【モミじー】というのは、いわゆるご当地ゆるキャラ。
あれは何年前だったか。幼稚園児向けの交通安全指導というイベントの折に、モミじーの着ぐるみを着てパフォーマンスを行えという指令を受けた。
しかも信号無視をして道路に飛び出し、自転車に撥ねられるという役。
5月だというのに気温が真夏並みの、暑い日だった……。
子供達の前で着ぐるみを脱ぐなと言われていたのだけど、あのままじゃ本当に熱中症で死ぬ、と思った私は、隙を見て頭だけ脱いでしまった。
そこを何人かの園児に見られてしまったという。
幼稚園の関係者からも、上司からも散々叱られたけど、私に言わせれば某ネズミランドのダンサーじゃないんだから、こんなことで殉職したくないわよ。
と、いう苦い思い出のある【モミじー】……。
私のことをそう呼ぶということはまさか、その時の園児の一人かしら?
でも、たった一度だけ顔を見ただけで、覚えてるものかしら。
「ねぇ、僕。お名前は?」
「……りゅうと……」
私は「りゅうと」と名乗った男の子の顔を見つめた。
彼はにこっと微笑む。可愛いけど、今はそれどころじゃないし……。
「ねぇ、どういうこと? 弟がさらわれたって、本当なの? 誰にさらわれたっていうの?」
「う~んと……」
男の子は目を泳がせている。
どうも嘘くさいわね……。
どうしようかと考えた末、私は男の子を交番に連れて行くことにした。
手を差し出すと大人しく握り返してきたので、ひとまず一緒に歩いて、紙屋町駅前交番にたどりつく。
「あの~、迷子です……」
ここは市内随一の繁華街なので、時折こうして迷子がやってくることがある。
職員も慣れたもので、子供の氏名や年齢を尋ねて調書を作成していく。
男の子は先ほど「弟がさらわれた」なんて、とんでもないことを言っていたくせに、制服警官の質問にもやはり、要領を得ない答えばかりしている。
たいだい、もし本当にそんな重大事件なら、とっくに親が通報しているはずだわ。
そうなれば捜査1課が動き出して、私も手伝いに駆り出されて、こんなことしてる場合じゃなくなってるはず。
この子、もしかして何か隠してるんじゃないかしら?
というよりも誰かくだらないことを考えてる大人に、いいように利用されている?
そもそも、こんな時間まで子供が外を出歩いているのもおかしい。
どっちにしろ、この子の親はどこで何をしているのよ。
ま、その辺は地域課の巡査に任せておこう。
さて。
「じゃ、私はこれで」
そろそろ行かないと、約束の時間になっちゃう。
私が交番を一歩外に出た時だ。
「モミじー!! 置いて行かないで!!」
男の子が追いかけてきた。
私もびっくりしたけど、制服警官もびっくりしてる。
今年初任科を卒業したばっかりかしら、と思われる若い巡査は、まさか迷子を装って交番に子供を捨てに来たんじゃないだろうな? と言う顔で私を見ている。
「あ、あのね!! 私はモミじーじゃないの!! あなたのママでもないの。いい? 本当のママが迎えに来るまで、大人しく待ってて……!!」
「あの……」
「わ、私これから予定があるので!!」
「ちょっと待ってください!! 詳しいお話を……」
今度は制服警官に呼び止められる。
仕方ないので、私は自分の身分を明かすことにした。
「……なんだったら、確認してくださってかまいません」
すると、若い巡査は恐らく本部の鑑識課に電話をかけはじめた。
「こちら紙屋町交番ですが……そちらに……」
男の子は死んでも離すもんか、という強い決意の溢れた眼で私を見上げてくる。
ちょっと待って、どうしてよりによってこんな大切な夜に……?!!
恋愛の神様は私に何か恨みでもあるの?!
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