第6話 そこは、それなりの理由がね……
制服警官はしばらく電話で話していたが、急にこちらを見ると、
「……ええ、はい。少しお待ちください」
私に受話器を向けてくる。
「相原警部補と仰る方が、代われと……」
面倒くさいわね、もう。
私は受話器を受け取った。
「……もしもし?」
『おいコラ、郁美!! おまえ、子持ちなら子持ちだって、なんで最初から言わねぇんだよ!?』
笑ってる!!
「違います!! 私は子供を産んだことなんてありません!!」
『なんて言うのは冗談だ。さっき、和泉の奴がウチに来てな……ちょっと遅れるかもしれないって言ってたぞ』
「な、なんで直接、私に連絡してくれないんですか?!」
『お前の連絡先、知らないって言ってたぞ』
あ……。
嫌な顔されたら、遠回しに断られたら……って、怖くて聞けてない和泉さんの連絡先。
ううぅ……あ、そうだ!!
「係長、和泉さんの連絡先を教えてください」
『ちょっと待ってろ。えっと……』
姑息と言うか、情けない手段でゲットした彼の電話番号。
『にしたって、初デートが子連れなんて、なかなかない経験だぞ。よかったな?』
「何言ってるんですか、知らない子ですよ?! 迷子ですよ!!」
『お前、そこは母性を見せてアピールするのが鉄則じゃろうが』
それもそうかもしれないが。
「……って、冗談じゃないですよ!!」
『ははは、じゃーな!!』
ガチャン。
私は制服警官を振り向いた。
「……とにかく、私についての身元確認は取れましたよね?」
は、はい、と相手はやや怯えている。
「そう言う訳ですから、この子のことよろしくお願いします!!」
「モミじー!!」
聞こえないっ、と。
私はダッシュで交番を後にした。
ああもう、走ったせいでセットした髪が乱れたわ……。
待ち合わせの場所に戻って、ショーウィンドーで身だしなみをチェックする。
その時、携帯電話が鳴りだした。
「……もしもし?」
『あ、郁美ちゃん? ごめんね、もう待ち合わせ場所に着いてるよね』
和泉さん!!
「は、はい……っ!! あ、でも、あの、今来たばっかりです……!!」
『今ちょっと、道路が混んでて……もう少し待ってもらえるかな?』
「はい、喜んで!!」
それから約5分後。
とうとう、その時がやってきた!!
「お待たせ」
爽やかな笑顔と声で、和泉さんがやってきた。
いや~ん、どうしよう!!
なんか夢を見てるみたい……。
あ、足元がおぼつかない。
お店は雑居ビルの2階にあって、表階段を昇る仕様になっている。
「けっこう段差があるから、気をつけてね」
はい、と自然に差し出された手に、私は思わず震えながら自分の手を重ねた。
寒いから手袋越しなのは仕方ないとして……感動だわ。
和泉さんってほんとに、ジェントルマンなのよね。
仕草がスマートで、細かいところにもよく気付いてくれて、ほんとにこんな素敵な人なのに……バツイチで、浮いた噂の一つも聞こえないのかしら?
結衣が何か妙なこと言ってた記憶があるけど、忘れたわ。
店内は思った通りのとってもいい雰囲気だった。
間接照明のせいでやや薄暗く、各テーブルではキャンドルが灯っている。
日付が日付だけに、店内はカップルだらけ。思えば私達も、そのカップルの内の一組なんだわ!!
「このお店、誰が選んだと思う?」
向かいに座った和泉さんが微笑みながら問いかける。
「さ、さぁ……?」
「相原さんがね、奥さんと時々利用するんだって」
「へぇ、そうだったんですか!!」
意外だわ。あのガサツ親父。かつ、愛妻家の噂は本当だったのね。
「人は見かけによらないよね~」
「そ、そうですね……」
ウエイターが注文を取りに来る。私は和泉さんと同じものを、と頼んでおいた。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
私は彼の顔を見た。
「あ、僕は車だから……郁美ちゃん、好きなものを注文したら?」
そんなぁ……。
どうしよう?
「僕、ジンジャーエールで」
「じゃあ、私も」
かしこまりました、と店員は去っていく。
姿が完全に見えなくなってから、私は和泉さんを改めて見つめた。
「あの……」
『お忙しい中、本当に今日は本当にありがとうございました……』
そう言いかけたのだけど。
ピリピリピリ……と、着信音が邪魔をする。
ごめんね、と和泉さんは席を立って店の入り口に向かった。
誰かしら?
しばらくして。通話を終えたらしい和泉さんは、席に戻ってきてニッコリ笑ってくれた。
「そのワンピース、素敵だね。よく似合ってるよ」
「あ、あ、りがとうございますっ!!」
やだ、どもっちゃった。
けど嬉しい……。
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