第10話 ちぃ~っす、三河屋です
広いお家だわ……。
天井も高いし。
「モミじー、これ見て!!」
リュウトは大人達の緊張状態などまるで意に介していない様子で、絵本だのアルバムだのを持ってきて私に見せる。
不思議なことに、随分と懐かれてしまったようだ。
リビングには
「……今日は祖父……私の父の家に泊まりにいくという話だったんですが……」
時々、聞こえてくる会話に耳を澄ませる。
「急に父の都合が悪くなって、今夜中にこちらに帰すと言って……車でここへ送ってくれると言うから心配もしていなかったんです。予定していた時間より少し遅いから、心配はしていました。それで、父に電話をしてみたんです。だけどつながらなくて……子供達はいつまでも帰ってこないし、どうしようって……」
混乱していたところへ、私達が長男を連れて帰ってきたっていうことね。
さっき、ちらりと隆人が見せた紙切れを私も見た。
古い手口というか、雑誌や新聞の文字を切り抜いて張り合わせた、それはそれで見た目に不気味な脅迫文だ。
【子供は預かった。返して欲しければ、連絡を待て】
「それらしき電話はまだ、かかってきていないのですね?」
隆人の両親は初め、やや揉めていたけど、和泉さんがどうにか説得したみたい。
110番ではなく、彼の携帯から直接、誰かに電話していた。
通報を受けてやって来たのは捜査1課特殊捜査班の
テレビで見たことがあるわ。
警察に通報するなって必ず誘拐犯は言うけど、そんな訳にもいかない。
だから刑事は家に上がっても不自然ではない業者の格好をしてやってくるのよ。
ちなみに強行犯係は既に起きた事件の後を追うのが仕事だけれど、特殊捜査班は現在進行形の事件を扱う部署だ。
知識としては知っていたけれど、実を言うと私は、誘拐事件の捜査現場に立ち会うのは初めてだ。
見たこともない機器が電話やパソコンにつながれて、何本ものケーブルがタコ足配線になっている。
それにしても。
なんか人数が少なくない?
テレビドラマで見た時は、広いリビングに十数人いた記憶が。
今いるのは和泉さんと、特殊捜査班の隊長とあと一人だけ。
少数精鋭なのかしら?
それにしても……私にはどうしても違和感が拭えなかった。
なんて言っていいのか、微妙に緊張感が足りないのだ。
それというのも、この子。
「ねぇ、モミじー。これ何て読むの?」
弟がさらわれた、という重大事件が起きたというのに、なんだかのんびりしている。
この子の供述によれば祖父に車で送ってもらい、降りて玄関に向かおうとした瞬間に、知らない男の人が話しかけてきたのだという。そうしてあの脅迫文を握らせ、両親に渡せと言ったそうだ。
男は弟だけを連れて去って行った。
「ねぇ。弟がさらわれていく場面を見たんでしょう? どうして、すぐにお家に駆け込んでパパやママに報せなかったの?!」
「……探そうと思ったの……」
「弟を? 自分で?」
うん、と隆人はうなずく。
あきれた。
「交番に行けば、モミじーが助けてくれると思ったから……」
この子の認識ではモミじー(私)は警察の人、警察の人は交番にいる。
ちょっと待って?
なぜ兄である隆人は見逃されたのだろうか。
人質を2人に増やせば、犯人側にとってもリスクは大きい。弟の方がより身体が小さくて運びやすかったのもあるだろう。
だけど。
いくら小さな子供とは言え、犯人の姿形を見ているこの子を、黙って見逃すと言うのもなんだか変だ。
それに。
犯人が弟を連れて行く現場を見たのなら、この子だって相当恐ろしい思いをしたに違いない。それなのに、この能天気ぶりはどうだろう?
私は刑事じゃないけど、なんか……いろいろ考えてしまうわ。
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