第8話 どちらさま?

 それがきっかけで、私は和泉さんのことが気になり始めた。

 元々顔がタイプだったというのもあるが。


 しかしまさか私の同期で、友人の女警と同じ班に所属する刑事だとは思いもしなかった。


 これは天から降ってきたチャンスだわ!!



 なんだけど……気がつけば苦節何ヶ月。


 こうして、念願のデートに漕ぎつけることができたのは……私の日頃の行いがいいからよね?


 あっという間に時間が経過して、気がついたらデザートとコーヒーが出ていた。


 そういえば。

 この後、どうするんだろう?


 食べ終わったら、はいさようなら、なの?


 いやでも、こんな貴重な時間を過ごさせてもらっただけ感謝しないと。欲張ってはいけないわ。


 と、思っていたら。


「ちょっとごめんね」

 和泉さんが突然、席を立つ。


 え? なんで?! どうしたの?!


 まさかこんな時に事件発生の呼び出し?


 私も咄嗟に携帯電話を確認する。あ、違う。


 ということは……プライベート?


 ちく、と胸が痛んだ。

 そりゃね。私はまだ彼女ですらないし、かといって彼女になったからって逐一誰に電話してるの、とか訊いたりしたら……ダメよね。


 気になる。でも訊けない。


 そうこうしているうちに、和泉さんが戻ってきた。


「あ、ごめんね。綺麗なケーキだね~」

 そうですね、と相槌を打ってからコーヒーを口にする。

 ひどく苦い気がした。


 少しの沈黙。


「あれ……?」

 何気なく窓の外を見ていた和泉さんが、声をあげた。

「どうしたんですか?」

「さっきから、気のせいかなって思ってたんだけど……下で小さな男の子がウロウロしてるんだよね」


 まさか。

 嫌な予感。

 さっき、私をモミじーと呼んだあの子じゃないだろうか。


 おそるおそる、窓から外を見下ろしてみる。

 間違いない、あの子だ。


「どうしたんだろう、迷子かな?」


 なんで?

 どうしてあの子、何してるのよ?!


「僕、ちょっと様子を見てくるから。郁美ちゃん、お会計よろしく」

 和泉さんは突然立ち上がり、カードをテーブルの上に残して行ってしまった。


「わ、私も行きます!!」

 慌ててコートを羽織り、カバンとカードと伝票を手に、レジに向かった。


 店を出て階段を降りる。

「モミじー!!」

 やっぱりだ。

 先ほど交番に「迷子」として預けたあの子だ。迷いなく私のところへ駆け寄ってくる。


 この寒い中、どれぐらい外で待っていたのだろう。

 顔が真っ赤になっている。


「何やってるの? パパとママは?!」

「……知ってる子……?」と、和泉さん。

「いえ、知らない子なんですけど……」


「モミじー、助けて!!」

 モミじーって呼ぶんじゃないわよ!!


「ねぇ、坊や。何があったの? 詳しいことを話してごらん」

 和泉さんがしゃがみ込んで男の子と視線を合わせる。

「弟が……タクトがさわられたの!!」

「どういうこと? 君、名前は? お家はどこ?」

「……」

「ああ、ごめんね。一度に質問されても困るよね。まず、お名前は?」

「……けんざきりゅうと……」

「りゅうと君だね。お家は?」

「わかんない……」

「パパとママのお名前は?」

 和泉さんは男の子を抱き上げ、背中や腕をさすってあげている。


「けんざきまさと、みわこ」

 両親の名前が判明したことで、この子の身元が判明する確率が格段に上がった。


 和泉は携帯電話を取り出し、誰かに電話をかけ始めた。


「悪いんだけど、ちょっと調べて欲しいんだ……」

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