第9話 とりあえず110番しましょう

 りゅうと、と名乗った男の子は和泉さんの首にしがみついて、寒そうに震えている。


 いったい何があったというのだろう。


 弟がさらわれたとか、誘拐されたとか。


 その時になって私は初めて、この男の子の全身をよく観察した。

 子供服とはいえ、有名ブランドの物だ。


「郁美ちゃん、わかったよ。佐伯区美鈴が丘に住んでるみたいだ」


 それって高級住宅街じゃないの。

 弟が誘拐されたとかなんとか、もしかしたら本当かもしれない。


 そう考えたら途端にものすごく緊張して来た。


 この子の言うことが本当なら、私はもっと真摯に応対するべきだった。



「……郁美ちゃん……?」

「何でもないです」

「とにかく、この子を自宅に送って……両親に話を聞こう」


 モミじー、と男の子は相変わらずくっついてくる。

 私は彼の手を握り締めた。手袋はしてなかった。酷く冷たい。


「ねぇ、何があったの? どうして弟がさらわれたってわかるの?」

 私とりゅうとは後部座席に並んで座った。

「……今日、弟と2人でお祖父ちゃん家に遊びに行ったの。そうしたら、たくとがいなくなってた……」

 どうにも要領を得ない話だわ。


「いなくなったのに気がついたのはいつ?」

「……わかんない……」


「どうして私なの?」


 すると。

 りゅうとは私を見上げてにこっと笑った。


「モミじーだから!!」


 何それ。


 ちらりとバックミラー越しに和泉さんを見てみたけれど、彼はにこりともしていない。


 しばらくして該当の地域に入った。


「……ここみたいだね」

 さすが高級住宅街。大きな家が建ち並んでいる。

 そしてあちこちに防犯カメラが。


【剣崎】と表札の出ている家の玄関に立つ。

 和泉さんがチャイムを鳴らすと、女性の声で応答があった。


「……警察の者ですが」

 いきなり通話の切れた音がしたかと思うと、バタバタ、と中から人が出て来る音が聞こえてきた。

 まだ若い女性が髪を振り乱しながら走ってくる。


「リュウト!!」

「ママ!!」

 やはり親も心配していたようだ。

 女性はリュウトを抱き締め、頭を撫でた。


「タクトは?!」

「……」

「タクト、さらわれたんだよ!!」

「え……?」


「だって、ほらこれ!!」

 リュウトはポケットから紙切れを取り出してみせた。


 母親はその時になって初めて、私達の存在に気付いたらしい。

「あなた方は……?」

「警察の者です。ご子息が助けを求めて来られたので、保護しました」

 和泉さんは警察手帳を提示する。


 それが本物だとわかった母親はしかし、ありがとうございましたと礼を言うだけで門扉を閉めようとした。


「待ってください。彼の言うことが本当なら、通報すべきです」

「……」


「見てみてママ、モミじーだよ!!」

 ちょっと!!

 母親は私を見て、怪訝そうな顔をした。


「ねぇねぇ、中に入っていってよ」

 リュウトは私の手を引っ張る。あんたね、それどころじゃないでしょ?!


「僕も一緒でい~い? リュウト君」

 和泉さんがニッコリ笑って話しかけると、うん! と元気な返事。


 でも彼はすぐ真顔に戻り、何か言いたげな顔の母親に向かって言う。


「すぐに警察へ通報してください」

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