第17話 東風谷奏美とシアター

 爽やかな風が夏の熱気と混ざり込む。少しぬるめの暑さが肌をくすぐる。

 オレンジのレンガに見立てたショッピングモールは3階建てで、おしゃれなレストランと雑貨店が並ぶ。

 殆どが子連れの人が多く、その中には私や正立君のような男女連れもいる。あの人達ってやっぱ恋人同士とかかな。

 隣りにいる男の子に対して、私はデートをしているという認識があんまりない。やっぱ、友達として付き合うほうが気楽でいいや。正立君もそう思ってるはず。

 

「ふぁあ……」

「めっちゃ眠そうだな。こんなにポカポカしてると分からなくもない」

「さっき食べた焼きそばが消化されて、ちょうど栄養が行き渡ってるからね」


 あくびを手で抑えながら、ぶらりと歩く。ベルギー発祥のチョコレート屋さんの甘い匂いにつられた。スパルタの王がモチーフの、日本ではあまり有名じゃないメーカー。

 私はそこで立ち止まり、お店の前にあるアイスクリームを見る。濃厚な口溶けをアピールしたチョコアイス。


「さっき濃いもの食べたから、甘いもの食べたい」

「映画まで時間あるからいいんじゃないか?」

「そだね。じゃ、食べようか。正立君もどう?」


 お互い甘いものは好きなので、口直しにはちょうどいいのかもしれない。というか、チョコが嫌いな人ってまず居ないでしょ。

 それに、ベルギーチョコって響きだけで美味しそうだなって思えちゃうから、人間って単純だなって思った。ゴダイヴァ婦人がモチーフのチョコレートも好きだけど、アメリカのギラデリも好き。

 

「俺が買ってくるから待ってて」

「300円渡すから少しお待ちを」

「いや、いいよ。奢るから」


 え? いいの?って聞く間もなく、正立君は両手にコーンを握って戻ってきた。

 とぐろを巻いたブラウンのチョコアイス。それを手に取り、先っぽをぺろりと舐めた。

 

「かなり濃厚だけど美味しい。おごってもらって悪いね」

「これでもバイト戦士だから。あと、ちょっと見栄を張ってみたかった」

「それ言っちゃ価値が下がるんじゃないの? でも、ありがとね」


 ベンチに座って黙々と2人してアイスを舐める。ちょうど夏の暑さで温まってきた体には、甘くて冷たいものはベストマッチ。

 溶ける前に食べ、コーンと共にクリームを食すのが一番すぎだ。

 

「アイスって実は歴史が結構古くて、古代ローマから食べられてたんだって」

「へぇ」

「今と違って冷凍庫もないから、氷はとっても貴重品だったんだよ。でも、氷を貯蔵する方法自体は確立してて、雪山からもとってくることも可能だった」

「今じゃ簡単に手に入るけどね」

「日本にアイスが伝わったのって明治維新辺りなんだよ。初めて食べたその味に、日本人はとっても魅了された。けれど、水があんまり良くなかったから、お腹を壊す人も現れてね。夏目漱石の死因もかき氷で食中毒にかかったからなんだって」

「ふぐとかも捌き方が分からなくて、美味しいけど死亡率が高かったから江戸時代では法律で禁止されてたんだっけ」

「ふぐを食べたら死刑だったってすごいよね。それでも、ふぐを食べたかった人は多かったらしい」


 ふぐは毒を含む内臓部分を取り除ければ食べられるけど。それが確立するまでには非常に長い時間を要した。

 その間、ふぐの味に魅了されて死んだ人はどのくらい居たんだろう?


「ふぐの卵巣を糠でかもしたら毒素が抜けるとか、よく思いついたなって思うよ。日本って他の国よりも酵母菌を扱うのが上手くて、種類も豊富なんだって」

「海外だと納豆とか、よく腐ったもの食べれるなって言われてるね」

「お酒も菌によって作られたりするし。結構身近なものだね。


 一体何の話がしたかったのか、だいぶずれてしまったけれど。

 技術で人間は美味しいものを安全に食べられるようになったけど、安全じゃないと分かっていても美味しいものに手を出してしまう人って古今東西いたわけで。それが生き方の1つなのかもしれないなって私は思う。

 とりあえず、全部食べちゃったので立ち上がる。ぐっと背伸び。明るい太陽が目に染みて、ちょっとけだるい。

 

「そろそろ映画館に行く? 良い時間だし」


 お互いにスマホを除いて時刻を確かめる。開演15分前だからちょうどいい時間かな?

 

「そうだな。そろそろ行こう」



 □   □   □

 

 

 ぞろぞろと並ぶ2番シアター前。家族連れよりも、カップルとかが多い気がした。あとは、私みたいな年の瀬の女の子とかがちらほら。ここに同じ高校の子が居たらちょっと恥ずかしいなって思ってしまう。

 

「――おい、東風谷!」

「ん? なに?」

「ポップコーン何味がいい?」


 ぼーっとしてたのか、聞きそびれてしまっていた。

 けれど、正立君は嫌な顔せず、平然と私に再び問いかけてくれる。

 

「キャラメルが好きだけど」

「じゃあ、買ってくるから待っててくれ」


 そのまま売店へと行き、正立君は大きめのポップコーンとジュースを2つケースに入れて買ってきた。

 なんだか、今日の正立君は普段よりもしゃきしゃきしているというか。どうしたんだろう?

 

「映画館のポップコーンってなかなか食べきれないから、ちょうど2人で食べるほうがいいんだよ」

「私も半分払うよ」

「大丈夫大丈夫。自分が食べたいだけだから」


 なんだか今日は妙に金払いが良いと言うか。アルバイトで結構稼げたってことかな。

 自分はバイトをしていないのでお小遣い制なんだけど、ちょっとだけ劣等感を感じてしまった。

 

「そろそろ始まるから席につこう」


 正立くんに言われるがままに観客席へと向かう。

 両隣は空いていて、この映画があまり注目されていない気がした。

 私は原作がとっても好きなのでちょっと残念な気もするけど。要は中身なんだから。ネットの評判も良かったし。

 

 ブーーッ……

 

 映画館のブザー音と共に、明かりが消えて真っ暗になる。この瞬間はいつもワクワクしてしまう。

 映画泥棒や映画の予告などが流れる。その間に私はせっかく貰ったポップコーンを摘んだ。

 ジュースまでおごられてしまったのでなんか申し訳ないっていうか。メロンソーダがとっても美味しい。

 

『私、四宮さとりは心が読める。例えば、彼は今日の学食は何を食べようかと悩んでいるし、あのおじさんは会社に遅刻しそうでめっちゃ焦ってるとか』


「さとりさとられ、嘘の文学」の本編が始まったので腰を据えて見る。

 さとりは心が読める少女で、それをひた隠しにしながら生きていた。

 

『(本当はあの子が嘘付いてるの知ってるけど)ううん、別になんでもないよ! テスト勉強してないんだね』


 たとえ、誰かが嘘をついたとしても、それを見逃す嘘をさとりは身につけていた。

 出世術と言うべきか、さとりは自分をよくわきまえている。

 

『なあ、さとり。お前は本当に俺のことがお見通しなんだな』


 彼氏の石田くんの心を読んで、さとりは順調に恋愛を楽しんでいた。

 その中で、さとりは自分が心を読めていることを打ち明けねばならない、ということも覚悟していた。

 

『あんたのせいで、あんたのせいで私の人生むちゃくちゃよ!!』


 でも、さとりは小学生の時に担任教師の不倫を暴いてしまい、そのときに凄まじい勢いで罵詈雑言を浴びせられる。

 そこから、さとりは心を読めることを隠すことにした。

 

『私ね、本当は心が読めるの。今も、石田くんが私のコトが好きだってことも』

『嘘だろ……じゃあ、俺の思ってたことって筒抜けで、それを黙ってたってことか』


 石田くんはどう接すればよいか悩んでしまい、一時期疎遠になってしまう。

 さとりはそれに対して非常にショックを受けるのだが、同じく心が読める母親にアドバイスを貰った。

 

『心を読めることを打ち明けるのはとっても大変なのを知ってるわ。でもね、それでもお父さんは結婚してくれた。心が読めるのはささいなことなのよ。特に好きな人にとっては』


 1週間後、さとりは石田くんに呼び出されて告白を受ける。

 ここがクライマックスのシーンだ。

 

『やっぱさ、お前のこと好きなんだわ。どんなに心の中を読まれたってさ、お前はお前なわけだ。なんって言えば良いのか分かんなくなってきたぞ……ただ、お前のことはずっと愛していたんだ! 信じてくれ』

『心が読めるから、石田くんが私のことが好きって気持ち分かるよ。ただ、私の気持ちを信じてくれる?』


 心が読めても、隠し事が来なくても。眼の前にいる女の子のことが好きだと言える石田くんは立派だと思う。

 ふぐの卵巣の毒を糠で抜くように、この気持が醸し出され、毒っ気のない恋心を伝えることが出来たなら。とっても素敵なことかもしれない。

 今の私の心はどうなっているんだろうか? 糠で自分の悩みも捨てられたらいいのに。

 

 上映は終わり、みんな席を立っていく。

 原作に忠実でよかったなと、正立君と一緒に映画館を出ていった。

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