第15話 正立桂馬とウィンドウショッピング
快晴の青空が照りつける港。穏やかに波は揺れ、客船が汽笛を鳴らす。
そんな海沿いに併設されたショッピングモールの中に映画館があった。
まずは映画のチケットを先に購入したけど、わりと空席が目立ってて簡単に変えた。しかも中央の特等席。
「カップルシートをご利用になりますか?」
事務的に淡々と対応してくれた受付のお姉さんの一言で恥ずかしくなる。カップルシートかぁ。
横目で東風谷を見ると、にやにやと笑ってくる。僕を試してきてるな……もちろん、僕の答えはこうだ。
「いえ、大丈夫です。席を2人分お願いします」
そんな恥ずかしくて言えるわけ無いじゃん。まだ付き合ってもないのに。
お姉さんはくすくすと笑いながら、チケットを手渡してくれた。
「1回はカップルシート座ってみたかったなぁ」
後ろででのんきにかます東風谷に若干いらっとする。僕の気持ちを考えないで。
しかし、言われてみれば僕は一度もカップルシートに座ったことがない。一体、どんなもんだろうかと興味があった。
「また別の機会でいいんじゃない?」
ちょっと声が震えてたかもしれない。百貨店への連絡通路を歩きながら僕は答える。しかし、目線が合わせられない。
それに対して、東風谷はニヒヒと意地悪く笑ってみせた。
「まずは服を見に行こう! 正立君に似合う服装をチョイスしてみる」
「バイトやってるけど、あんまりお金ないぞ?」
「買うわけじゃないし、いいじゃん」
それもそうだなとうなずき、東風谷と一緒に歩いていく。
百貨店のそばには広場があり、そこにはクレープ屋や喫茶店、背の高い南洋系の観葉植物が立ち並ぶ。
のぞき見しながら、僕たちは百貨店の中へと入っていった。
□ □ □
「正立君は体ひょろくもないし、もうちょっと男っぽい服装でいいんじゃない? でも、ポップなのも良さそう……そこの濃い紫のパーカーにジーンズとかさ。そこのジャケットと合わせて、この丈の短いデニムとかどうよ!」
めっちゃハイテンションで僕に服を見せてくる東風谷。あまり服装に頓着がないので、こうやって勧めてくれる人がいるのはありがたいかも。けれど、やっぱ服って1着が高いんだよな。ウニクロとかズボン2、3000円するのでも腰が引けるし。
「それにさ、正立君。女の子とデートするのにその斜めがけカバンはどうなのさ? もうちょっとおしゃれのでも良くない?」
「機能美を重視したいんですが」
「いやいや、女の子と会うなら身だしなみ気をつけなきゃ!」
そう言われるとぐうの音が出ない……女の子とあうファッションってなんだろう。
周りに女の知り合いって東風谷とか数少ないし、誰かに教えを請うとかもしなかったからな。
「今はいいけど、とりあえず参考にしときなよ~」
そうやって手渡されたものを見繕っていく。
グレーの革ジャンや、ニットジャケット。夏用の丈が少しだけ短いモスグリーンの長ズボン。方にぶら下げる小型のボディバッグとかとか。なんだか、あまり身近なものじゃなくて新鮮さがある。
試着すると冷やかしなのに申し訳ないので、東風谷が持ってきた服を体に押し当てて重ねる程度に留めた。
「次は私の服を選ぼうぜ! ちゃんと感想よろしく!」
そう言われて次に連れられたのは女性向けのブティック。時折、こういう店に入るが慣れない。
ピンクや赤といった女の子っぽいフリフリな服が並んでて、めっちゃ居づらい。てか、完璧アウェイだ。
けれど、男の僕の気持ちを察してくれないのか、どんどん中へと入っていく。いや、ブラとかパンティとか見せられても! めっちゃ顔が赤くなっちゃうじゃないか。
「んん? どうしたのかな~正立君? 恥ずかしいの?」
「この野郎……っ」
実はこいつ分かってるんだよな。分かってわざとやってる所に腹が立つ。
遠慮なく、オレンジのキャミソールを東風谷は手に取って見せる。そして、体に合わせて僕の感想を待っていた。
そのワクワクした表情と裏腹に、僕は綱渡りをしている気分だ。
「ちょっと、幼い感じがするけど、東風谷に似合ってると思うよ」
「一言多いんじゃない? 女の子的にはポイント減点です! もっと気の利いたことを言いましょう」
「えーっと、うーん」
気の利いたことと言われても、友達として接してきたから上手く言い出せない。思いつかない。
こんな時、どう褒めたりすれば東風谷は喜んでくれるのだろうか。
次に取り出したのはフリルの多いピンク色の姫系ファッションのワンピース。
「どうよどうよ! 似合う?」
意外にもこういうのが好きなのか。めっちゃフェミニンでカワイイが突き抜けている。
でも、東風谷の人柄には合ってるような気がせんでもない。
「めっちゃ可愛いと思うよ。東風谷っぽい感じで悪くないと思う」
「無難なことを言っているけど、わりとそれが正解なんだよね。東風谷ポイントを贈呈しよう」
いったい何が求められているのかさっぱり分からん。東風谷の気まぐれに付き合ってる気分だ。
悶々としていると、手を引っ張られて新しい店へと行脚する。
「次は本屋に行こうよ! それからそれから―――」
いつの間にか手が握られていて、普段とは違う東風谷の好奇心に足が生えているようだった。
引っ張られるままに色々なものを見ていく。
「これ、だいぶ古い漫画なんだけど面白いよ! 荒廃した未来にタイムワープする小学校のサバイバルな話なんだけど」
最近気に入った漫画であるとか、マッサージチェアーに座ってみておっさんくさい事を言ってみたり。
「やっぱ、僕はウサギ好きだわ。ドワーフがオーソドックスだけど、垂れ耳のロップイヤーも飼ってみたいなぁ」
ペットショップでウサギをみて少しにやにやしてみたり、ゲーセンで一緒にガンシューティングをしてみたり。
なんだか、その一挙一動すべてが青春にまみれていて、僕はこの間だけは悩み事を忘れて純粋に楽しめた。
「正立君といると無駄なこと考えなくて楽だわ」
それはこっちのセリフだと返したかったけど、ここで返すとなにか違う気がした。
自分だって、男友達と遊ぶ感じで遠慮がないのが好きだ。これが他の女の子だったら、もっとキョドってたかもしれない。
でもさ、それでいいのかって考えたら違う。隣りにいる女の子こそ、もっとドキドキしなきゃいけない存在なのに。
「映画が始まる前にご飯食べない? ほら、上の階にフードコートあるでしょ」
「ゆっくり喋れるし、そこでいいか」
「じゃあ、行こう、そうしよう!」
親子連れで満杯のエレベーターの中、東風谷と視線が合う。ニコリと微笑み返す。
綺麗な鼻筋に整った愛想の良い笑顔。まるで、水仙みたいな凛々しさの東風谷は、やっぱかわいかった。
「ねえ、エレベーターの1階ってイギリスとアメリカじゃ言い方が違うんだよ?」
「どっちも英語じゃないの?」
唐突に語りだした東風谷。不意打ちでこういう事を問いかけてくるから油断ならん。
「日本語にも方便があるように、その国々でも英語って違う使い方があるんだ。ちなみに、正立君は1階を英語で言うと何になると思う?」
「……ファーストフロア?」
「アメリカだと1階なんだけど、イギリスじゃ2階なんだよね」
「どういうことだ?」
得意げにドヤ顔かまして東風谷が答えを教えてくれた。
「イギリスだと1階はグランドフロアって言うの。その1つ上だからファーストフロア。3階はセカンドフロアになる」
「ややこしすぎないか……」
「同じ言語だからといって、同じ意味であるかと言われればそうでもない。特に単語の読み方も、イギリスじゃスケジュールだけど、アメリカだとシェジュールって読んだりするのよ」
「これでも、勉強してると思うけど。やっぱ、英語難しすぎないか?」
「自分が知ってること、自分の意図していること。相手にはそのまま通じるかどうか怪しんだほうがいいよって話さ」
相変わらず意味深なことを言って誤魔化す感じは慣れない。ちょっともやっともする。
けれど、そこが東風谷のミステリアスな部分を強調する感じで、そこに惹かれてしまう自分がいた。
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