第2話 正立桂馬と妄想世界

 東風谷と僕は中学からのクラスメイトで、お互い気が合う仲だ。

 ぼんやりとした東風谷は比較的寛容な性格で。僕が強く言ってしまったとしても、笑って受け止めたりしてくれる。ちょうどバランスが取れている。

 しかし、実のところ、東風谷は僕の話をすべて聞いているわけではない。

 集中力が足りないのか、東風谷は人の話を聞くのが苦手だからだ。馬耳東風とはこのことを言うのかもしれない。

 あと、マイペースゆえに、なにか妄想に浸ると現実に戻ってこれなくなる。考えることが多いって、疲れたりしないのかと常々思う。


「ねえ、現国の時に何考えてたの?」

「んーとね、自分の肘を舐められるのかなって。実験しようとしてた」


 放課後に東風谷に話しかける。四角い革の鞄を机に置き、東風谷がこちらを振り向いた。眠たげな表情で、袖で目をこする。小さなあくびをこぼした。

 こいつの妄想は聞いてて結構面白い。なにせ、僕の予想もつかないことをしでかすからだ。


「なんで肘なんか舐めようとしたんだ?」

「舌が長い人って鼻の先を舐めることが出来るよね。でも、肘は人間の体の構造上、無理なんだってさ。なので、試してみようかと」


 自分もちょっと気になったので、肘を曲げて、口に近づける。

 しかし、明らかに舌は届きそうもなかった。

 

「あー、たしかにこりゃ無理だよ。なんか、肩の関節部分が曲がらないっていうか」


 なるほどなぁと、自分の体の不思議を知る。

 妙な雑学ばっかり東風谷には身についていて、よくそれで妄想を膨らませている。

 そんな話を横で聞くのが飽きない。こいつのユニークなところだ。

 

「それをね、どうにかして出来ないかなーって考えてたけど。なんか、無駄な時間を過ごしてた気がするよ。あはは!」


 そんな無駄な時間を妄想に費やすのが、こいつの楽しみなのかもしれない。東風谷だけの世界が広がっていて、そこはきっと不可侵だ。

 けれど、それで人の話を聞けなくなってしまうのは、色々もったいないなと思う。人と話すのが苦手なタイプではないし。ただただ、聞きそびれてしまうだけだ。


「なあ、今週の休日って空いてる?」

「……特に何もなかったけど、どっか連れてってくれるの?」


 こういう時の東風谷は勘がいいと言うか。ちょっと、ドキっとしてしまう。

 恥ずかしさを押し殺して、僕は東風谷にはっきりとデートを申し込んだ。

 

「映画を見たくてさ。ほら、東風谷も見たかったやつあるだろ? なんだっけ……」

「『さとりさとられ、嘘の文学』だよ。小説が原作なんだけど、私これ好きなんだ」


 3年前くらいに流行った恋愛小説。自分は読んだことないから分からないが、当時は地味に流行していた気がする。

 しかし、こいつもそういうのに興味があるんだと感心してしまった。

 一緒に見る映画がコメディとか、ホームドラマ、アクションばっかりなので。僕の趣味に合わせてくれていただけかもしれないが、女子高校生らしくて意外な一面を見られたかも。

 

「じゃあ、日曜日に行こうよ。久しぶりにヴェッセルパークにも行きたいし」


 この県で一番大きな繁華街の近くにある、海上商業施設。潮風が香る、風光明媚な波止場。

 ショッピングセンターもあれば、美味しいレストラン街が並ぶ。もちろん映画館も。夜のライトアップがロマンティックな観覧車も。

 船着き場でもあるので、客船や遊覧船なんかも止まってたりしている。波止場から藍色の海辺、遠くに見える朱色の橋。その先には工場と飛行場が設置された人工島。

 デートスポットとしても有名で、東風谷にとってもこの場所はお気に入りだった。もちろん、自分も含めて。

 

「ちゃんと朝起きろよ?」

「多分大丈夫ーへーきへーき!」


 毎朝、低血圧のせいで半分寝ながら学校通ってるやつのセリフなのだろうか。

 同じ電車で通学しているから、ふらふらと手すりを持って眠たげにする東風谷をよく見てきたから分かる。あんなに無防備じゃ、痴漢されないかって心配になる。

 

「そんじゃ、楽しみにしてるね」


 机の中に入った教科書をカバンの中に入れ、教室を抜け出す。それを後から付いていき、一緒に帰り路を歩いた。


 その間、僕はずっと考えていた。いつ、告白をすれば良いのだろうと。


 このデートで、僕は自分の気持を東風谷に伝えたい。真っ直ぐに。正直に。

 微風でそよぐ髪束が耳をのぞかせ、その綺麗な横顔に僕はドキっとした。

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