第16話 正立桂馬と釜の飯

 フードコートは親子連れで溢れていて、ざわざわと音がする。はしゃぐ子供を抑えるのに親が大変そうにしていた。

 その中で、僕らと同じようなカップルが居た。誰もが視線を奪われてしまう美人のお姉さんと、僕らぐらいの中性的な男の子。男の子の方も美男子で、とてもお似合いのカップルだった。

 

「あそこのカップル、すごいね。美男美女だ」

「でも、なんか男の子のほうが窮屈そうな感じがするよ」

「そんなものなのか?」

「そんなもんだよ」


 東風谷は僕とは別の物が見えているようだ。女だからこそ備わっているものってことだろうか。

 けれど、そう言われてみると、男の子のほうがそわそわとして落ち着かない様子だった。

 一体、この2人はどんなことを話しているのだろうか。

 

「早くご飯食べたいな」


 いたるところから美味しそうな匂いがする。フードコートには様々なものがあって、ラーメンやうどん、焼きそばにパスタやちらし寿司。値段も千円を切らない程度でお財布にも優しかった。

 

「僕はラーメンにしようかな。名前もそのまま“美味しいラーメン”って書いてるし、本当か試してみる」

「じゃあ、私はそこのぼっかけ焼きそばにしてみるよ。牛すじとこんにゃくが入ってて美味しいよ」


 各々、別方向に歩いて注文をする。暫く待つと料理が出され、それを僕のカバンで席とりしていたテーブルへと持っていった。

 一応、セルフでニラが入れられたのでラーメンに投入。

 

「じゃあ、いただきますしようか」


 東風谷も席に着くと、僕らは手を合わせていただきますと小さくつぶやく。

 そのままズルズルと麺をすするが、唐辛子のピリ辛さと薄めの醤油が程よく聞いて美味しかった。

 

「本当に美味しい」

「それはよかったね。私のもジャンクな感じで美味しいよ」


 黙々と2人で食べていると、東風谷が僕の方をじっと見てきた。

 

「私にも食べさせて」


 特に気にかけることもなく、そのままラーメン鉢を手渡す。東風谷も僕に焼きそばを差し出してきた。

 

「え、いいの?」


 女の子から食いかけを差し出されるのはちょっと予想外だった。東風谷の代わりに僕が恥ずかしくなってしまう。

 けれど、東風谷は気にすることはなく、ずるずると僕のラーメンをすすった。

 

「うん、美味しい……焼きそばのほうはどう?」


 割り箸で麺をすくい、ソースの効いた焼きそばを食べた。ちょうど面にキャベツと牛すじが絡んでいて、それも咀嚼していく。


「お、美味いじゃん。牛すじとこんにゃくの弾力が効いてていいね」

「ソースもそこまで濃いわけじゃないし、食べた感触がすっごくいいね。牛すじの味もいい感じ」


 下町のジャンクフードといった体だが、味もしっかりしてて美味しい。

 お互い、麺をズルズルと音を立ててすすっていく。美味しいものを食べてると無言になりがちで、いつもはおしゃべりさんな東風谷もこの時ばかりは食べることに集中していた。

 

「同じ釜の飯を食うってことわざ知ってる?」

「一緒のご飯を食べてきたことで、強い結束が生まれるってことだよね」

「そう。それそれ。このことわざって、古今東西、どこでも使われていてね。特に、オスマン・トルコの精鋭部隊イェニチェリの旗は釜のマークなんだよ。同じ釜の飯を食うことで強い結束力が生まれ、当時では最強の軍隊だったの」

「家族とご飯を一緒にしたりするのもそういうことなのかな」


 今目の前にいる東風谷とも一緒にご飯を食べている。それは、お互いに信頼できるからやっているのかもしれない。

 

「少なくとも、僕は東風谷と一緒にご飯食べるの好きだぜ」

「おや、それは奇遇だね。私もだよ。しかし、学校ではなかなか一緒に食べれないのは残念だね~」

「そりゃ……男女で飯食うって、恥ずかしくない?」


 元々、東風谷とよくつるんでいるのはクラスメイトは知ってる。けれど、流石に一緒に飯を食うのは変な噂立てられて、お互いに良い思いはしないだろうし。

 

「私は気にしないんだけどなぁ。でも、さっきも言ったとおり、一緒にご飯を食べることって他の人から見ても親密なことなのかもしれないね」

「なんちゅうか、東風谷と一緒にいると気楽でさ。友達みたいな、安心できるんだと思う。それって、俺にとってはその……」

「同じかな。私も正立君とご飯食べたり遊んだりするの好きだよ」


 友達以上については東風谷は考えていたりするのだろうか。それは、僕だけだろうか。

 かちゃかちゃと音を立てながら、残りの焼きそばのかけらを箸でつまむ東風谷。

 

「釜って色んな所で信仰の対象にもなってるの。ご飯を食べたり、火を扱ったり。母性的信仰の象徴と言われてるんだ」

「料理をするのに釜が必要だからってことか」

「火を灯した釜は不浄を消し去るという信仰もあってね。ギリシャだとヘスティアという神様が釜を司る女神なんだ。神様たちも家の中心とも言える釜に集うって言われてるの。そこから、家庭の延長線上が国家であるってことから、釜の神様は国家の守り神として信仰されてたんだよ」


 ギリシャ神話と言われても、せいぜいアキレスやヘラクレスとかしか思い浮かばない。

 東風谷はいろんなことを知っている。けれど、知識が多いせいで、人と噛み合わないことも多い。

 

「うーん、ちょっとよく分かんない」

「ごめんごめん。要するに、神様だって同じ釜の飯を食べることで結束力を高めてるってことだよ。それを取り仕切るのが女神様って、お母さんの力ってすごいなってお話。料理は平和の象徴なんだよ」


 気まずいときに食べるご飯はまずいけど、普段ご飯を食べる時はとても落ち着く時間だと思う。

 僕は冷めないうちにずるずるとラーメンを啜り、つるつるとした麺を噛む。

 

「私って朝弱いじゃん。だから、朝ごはんを食べるのめっちゃ遅いんだけどね。でも、そうやって夢現な状態が安らぐの。ご飯を食べてる時は平和だなーって。そうやって、一日を生きられるのって幸せだよ」


 ぼんやりと上を向く東風谷。ぼけーっとしていて上の空だった。

 そんな東風谷を横目で見ながら、僕は唐辛子の効いたスープを飲み干す。

 

「映画の途中で寝るなよ? ご飯食べた後は血糖値が高くなって寝やすいからな」

「流石にそんなヘマはしないよ! なら、ちょっと散歩してから映画館に行くかい?」

「せっかくだし、そうするか」


 がたりと椅子を鳴らして席を立つ。そのまま、少し体を伸ばしてストレッチをした。

 東風谷はさっそくあくびをして、瞳に一滴涙を貯める。本当に大丈夫か?

 そのままお盆に載せた食器を片付け、また一緒にぐるりと映画館のある海沿いのショッピングモールを歩くことにした。

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