第14話 正立桂馬と夢
平日と違って休日の映画館はすぐに混む。幸い、今回見る「さとりさとられ」は公開日からだいぶ経っているので、そこまで混雑はしないだろう。もっと、のんびり行こうと思えば行けた。でも、しなかった。
「朝ほんと、まじで、だるいわ………」
白い清楚なワンピースに身を包んだ、いかにも可愛らしいシャンとした美少女。だが、眠たげにあくびを垂れ流して目をこする様で、東風谷の魅力が半減している気がする。肩紐がなで肩のせいでちょっと外れちゃって、だらしなさが際立ってる。
いつもの日曜日ならぐっすり惰眠を貪っている東風谷だが、今回はそうはいかない。映画館の混み具合がわからないってことで、早朝に出発することにしたからだ。
ネット予約をすればもっと手間が省けたのかもしれないけど、東風谷と一緒にいられる時間が少なくなっちゃう気がして嫌だった。ようするに、わざと。かもしれない。
映画の待ち時間を使ってぶらりとウインドショッピングをしたり、ちょっとそこいらの喫茶店で甘いものを食べたり。ゆったりとした時間を作っておきたかったからだ。東風谷の場合、その何気ない時間のほうが楽しい。
お互い映画を見てからだとちょっと疲れてしまうし、映画の感想でいっぱいになっちゃうからな。アイツのことだから、色々考察しながら見てるんだろうし。思慮が深いってのは良いもんだな、羨ましいよ。
「寝ぼけてる割にはちゃんと身なりを整えてるよな」
「おにーちゃんが全部やってくれるから……ふぁぁぁ」
あんなに朝が弱いのにちゃんと髪型も整えられてるのは、ひとえに兄がいるからだと。どんだけ、兄貴はシスコンなんだろう。
「じゃあ、行くか」
東風谷の先を歩いて、改札に定期をかざす。そのまま、ホームを降りて電車を待った。
そのさなか、東風谷はポーチに入れたスマートフォンを取り出し、なにかを探している。
「いまさ、9時だよね。それで、ヴェッセルパークにつくのは10時。映画は……11時半に始まるって」
「せっかくなら昼飯食ってからにしたくて、14時のを見に行こうと思ってた」
「低血圧のみにもなれよなぁ……」
げしっと脇腹にパンチを入れてくる東風谷。これが地味に痛いが、多分それだけ不機嫌ってことだ。
しかし、朝は本当に性格変わるんだよな。いつもののんびりした東風谷とは違う、素が出た感じ。
「ねえ、今日の映画の内容って調べてきた?」
空いた朝の電車の中で、僕たちは緑のビロード生地の座席に座った。
ガタンガタンと揺れる電車の窓は、パノラマのように太陽に照らされた風景を描いていく。
僕らが住んでる街って山を切り開いたベッドタウンだから、マンションが立ち並んでいる。そこから離れるとすぐに木々に覆われた山肌と忙しなく通る車道が映し出される。
「一応、本読んどいたよ。予習しておいた」
「はえ~なかなか準備周到だね」
「話を合わせるためには必要かと思って。賢いだろ?」
「どーだか」
バイト終わりに買った『さとりさとられ 嘘の文学』を一度全部読んでみた。
大衆小説なので比較的読みやすく、そこまで難しいことも書かれていない。文体も優しく、ラノベと似通っていた。
「心が読めるけど、それを伝えたら場の空気を壊してしまう。だから、正直に自分の思いを伝えられない。ジレンマの話だなって読んでて思ったよ」
「待て待て待て! 感想は映画見てからにしようずぇ!」
むぎゅーって突然唇をつままれる。東風谷の白く整った指先が僕の唇に沈んでいく。
ただ、まだ体の怠さが残ってるのか、力加減が出来てなくてちょっと痛い。無意識に手を払った。
「わかったわかった! 映画見てから話そう」
「そうだよ、実写と原作の違いも感想のひとつなんだから。ここで楽しみを1つ減らしちゃいけないよ」
ごもっともだと思うが、体乗り出して止めることだろうか。
お互いまた座り直し、ぼーっと体を休める。東風谷は窓の外を見ているが、どうも視点が定まっていない。
「正立君ってさ、電車の中で忍者作ったりしない?」
「ん? 忍者?」
「ほら、景色の中にビルとか家とかあるじゃん。そこをぴょんぴょん飛ばすやつ」
なんとなく察しがついた。要するに、横スクロールしていく風景の中で、自分の思い描いた忍者をぴょんぴょんと屋根を跳ねさせる遊びのやつか。誰もがやる遊びの1つだな。
「あー、それか。ということは、東風谷は忍者を跳ねさせてるってことか」
「いや、私は兎かな。正立君は?」
「僕は……人間? あんまり、だれかって考えたことない」
薄々考えてみると、僕はかなり抽象的なことを言っている。というか、ほんとそれしか言うことが出来なかったからだ。
なにかをぴょんぴょんと飛ばしている。そのなにかは特に必要がなかったからかもしれない。
「イメージって不思議だよね。頭の中ではぼやけてても平気なのに、でも現実はそうじゃない。ちゃんと実像がないと、そこには存在し得ないんだ」
「なんかよく分からないんだが」
「妄想は自由なんだけど、この世界で生きていくのは自由じゃないってことだよ」
頭の中では自分の思い通りになるけど、現実は自分の思い通りになることはそうそうない。
だから、僕の頭の中は抽象的でも平気だ。その抽象的なことでも、物事を理論的に考えることが出来る。
数学とかも、数字という抽象的な事を考えて答えを導き出すとか、そういうことなのだろうか。
「私ね、夢を見るって人間の大きな力なんだと思う」
「夢を実現することが出来るからか?」
「うん。夢がないとなりたい自分にもなれないし、新しいことも作れないから。それに、夢がないと無謀なことが出来ない」
「無謀って」
たしかに、何かにチャレンジするって勇気のいることだ。そして、なにかを諦めることも。
「自分の夢の前で人間は2つに分かれるの」
「2つ」
「その無謀とも言える夢に身を捨ててでも立ち向かうか、それとも言い訳をして逃げるか。私は前者を尊敬するけど、ふつーは無理だね! 私も出来る気があんまりしない」
「言い訳か……なんか分かるよ。言い訳ばっかり考えちゃって、やってもないのに諦めちゃうやつな」
「だからこそ、夢を見るんだと思う。その夢が素敵であればあるだけ、人は思い切り無謀なことが出来るんだ。だから、夢って人間にとっては重要な能力なんだと思うよ」
抽象的なことを現実に創造する能力。妄想を具現化することができる力。そういう事を言いたいんだろうか。
じゃあ、僕ってなにか夢とか、やりたいことってあるのか。そう考えると、さっきの忍者でもそうだけどないな。
ただ、なんとなく生きているだけに過ぎないのかもしれない。
「東風谷の夢ってなに?」
妄想癖のある東風谷ならいろんな夢を見てきたんじゃないのだろうか。とても興味がある。
「うーんとね、内緒! だって、恥ずかしいじゃん」
「そこは思い切って身を投げ捨てるところでは?」
「女の子の秘密を暴こうとするのは良くないことだぞ」
そう言われてしまうとぐうの音が出ない。しかし、東風谷もなにかしらやりたいこととか決まってるんだな。
『次は、ヴェッセルパーク前。ヴェッセルパーク前』
電車のアナウンスが流れる。僕たちが降りなきゃいけない駅だ。
ガタンガタンと減速する音が聞こえる。揺れも徐々に落ち着きはじめた。
「じゃあ、降りようか」
すくっと東風谷は立ち上がり、扉の前に立つ。僕も隣に寄り添う。
東風谷の顔を覗くが、いつもの飄々とした雰囲気を取り戻していた。どうやら、目が覚めたらしいな。
「まずは百貨店でも行ってみる?」
「ちょうど開店時間だし。色々ぶらっと見てみるか」
長いエスカレーターを登り、改札へと向かう途中。僕はずっと考えていた。
今からデートが始まり、そして僕は告白をしなければならない。
夢ではないけれど。僕はここで言い訳を考えず、とにかく男らしく。身を投げ出す覚悟で告白をしよう。そうしよう。
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