あなた、整形してるよね





──────オーディション





「整形・・してるよね、あなた?」


「・・・」


「いいよ、別に言いたくなかったら。でもね、やるんならもっとうまくやんなさい、それじゃあ、どこ行っても通んないよ」


「なんなんですか・・」


「うん?何?」


「なんでそんなこと、ここで言われなきゃいけないんですか!」


「ふっ、なんでって? オーディションってそういうとこなのよ。」


「・・・」


「あなたが今までどんなオーディションを受けて来たのかは知らない

どんな言葉をかけられて、どんな扱いをされてきたのかも知らない

でもね選ぶ側と選ばれる側がガチでやり合わないとオーディションなんて

なんの意味も無いのよ。わかる?」


「・・・」


「自分に痛い事を我慢して聞く、辛辣な言葉もちゃんと受け入れる

それが審査されるってこと。

わからない?私の言ってること」


私には分かっていた。

わからないようにうまくやればいい、所詮は受ける者と選ぶ者との化かし合い。

うまく騙してほしい、この人はそう言ってるのだ。

だけど・・・


「わかんない・・・」


唇を噛んだその横顔にはうっすらと涙が浮かんでいた。

控室でメイクの仕方を教えてくれた子だった。

違うよ、ルージュは重ね塗りしないと、そう言って私にリップを塗ってくれた優しい子。


五人並んだなかでも抜きん出ていた、その美しさは。

この子の上限と下限、その振り幅はどんなものなのか、それをこの目の前にいるおばさんはそのイヴ・サンローランの度の強い眼鏡越しから値踏みをしている。


「で、いくらかかったの、その鼻の・・シリコン?」   


「あんまりです!いったい、なんなの・・・」

気が付いたら私はその子の膝に手を置いていた。


「やりすぎだと思います、いくらなんでも・・」

心のざわつきを我慢し切れなくてつい言葉にしてしまった。

俯いて書類に目を通していた他の審査員達の上目遣いの視線が私へと移る。

とりあえず今日のターゲットは後回し、まずはお前から・・

そんな空気を押し分けてイヴ・サンローランは今度は私に切り込んで来る


「えーと、そうね、あなたは・・・45番の人ね。いいわよ。

どうして?なんでそう思うの?なにが、やりすぎなの?教えてください」


「・・・そこまで聞く権利はないと思います、こんな場所で」


「権利!? 権利ってなんですか。

あなた達はここになにもかもさらけ出しに来てるはず。

短い時間で私達はあなた達を推し量り、あなた達は自分の全てを見てもらう。そこに何の権利が発生するの?

ねぇ、えーっと、名前は・・七海さやかさん」


「・・・」


「じゃあもういいわ、いくつだっけ、あなた?」


「書いてあると思います、その履歴書に」


「言ってくださいと、私は言っています」


「・・・・」

言葉が出なかった。いつもは思うよりも先に出た言葉も心の奥でブレーキがかかる。

行き先を気にしてしまう、自分の言葉の。

「・・・これが自分に自信が無いいうことなんや」




「なにブツブツ言ってんの?言えるの、言えないの? 言えない年なの?」


「・・・」


「22だよね。今更? なんで歌手なの、その歳で?

なにをやってたんですか、あなたは今まで?」


もう限界だった。そのまま拳を握りしめたまま押し黙った。

俯いて今にも込み上げそうな涙を押し留めた。

気がつけば今度はその子の手が、私の膝の上に置かれていた。



私達が今感じたことを形にする、

それが私たちの正義

みっともないけど、

かっこ悪いけど、しがみついて昇っていくこと

それが私の決めた道

しーちゃん先輩は私が武道館へ連れていく、

何があっても・・・・


進んでいく道が見えなくなったのはあの日から

ほんまに・・・わたしはなにやってたんや

私等の正義はひと時の煌めきさえ見ることがでけへんかったというのに・・・








──────大東京物語パート2




「はい、それでは最終審査結果は一時間ほどでお知らせします。各自、それぞれ控室でお待ちください。」


わたしへの質問はもうそれっきりだった。イブサンローランは目も合わすこともなく淡々とほかの受験者への質問を終えた。


受かる訳はない、大学へもちゃんと行けてない、履歴書にさえ真面な記録を記せない。

そんな浪速女が調子こいてこんなオーディションを受けたのがそもそもの間違い。

周りを見ればみんな十代の子ばかり。とびきり可愛いし足も手も長い。

歌も聞いてくれたのかどうかさえ分からない。水着審査があるなんて聞いてもなかった。




帰ろう、大阪に。私は一旦退却や。

父ちゃんは怖いけど、ばあちゃんはいつもの笑顔で迎えてくれるはず。



ホームに帰ってプレイボールのやり直し。

おそらくこんな気持ちの切り替えができたのも、あのイブサンローランのおかげかも知れない。



(そう考えれば、案外正解かも知れへん、このオーディションを受けたのは)



もう控室には戻る必要はない。この調子で合格するはずもないし、万が一受かったとしてもあのイブサンローランがプロデューサーでは私の夢なんてないも同然。

よし、これでこの大東京ともお別れや

そう決心して出口へ向かおうとした私の背中に誰かの手が触れる。


「さやかさん?」


「あんた?」


あの子だった。

暗い影を落としていたその瞳はもう少女のような輝きを取り戻していた。

でも目の下にぷくんとふくれたピンク色の隈が流れそうな涙を精一杯押しとどめているようにも思えた。


「さっきは有難うございます」


「ううん、でも大丈夫?あれからも、だいぶやられとったみたいやし」


「もう全然平気、さやかさんの一言で、幾分落ち着けたし」



「けど、泣きたいときは泣いた方がええ、辛いことは涙で洗い落とすのが一番やから。それに・・・」


と言いかけて言うのをやめた。

人は美しさに自然を求めてしまう。完璧なまでの美はそこに誤解と嫉妬を当然の様に生む。

春の光をとらえる少女のような瞳の輝きとその天使のような笑顔を見ればあんたの美しさは誰も咎めようがないもんを。


「はい、そうします」

無邪気な笑顔が嬉しかった。これで私もほんとに大阪へ帰れる、そう思った。



「ふふっ、ほなな、またどっかで・・」


「さやかさん!」


「うん?」


「あの・・」


「なに?」


「バンドやりませんか?わたしと・・」


「あんたと?」


「はい、私と」


「なんで?なんで私のこと知ってんの?」


「勿論、知ってます、というかファン見たいなもんですから」


「ファン?いやいやいや、まだデビューもしてないし歌も出してないし

ファンて・・」


「大学の学祭に度々お邪魔してました、奥多摩の。それに定期公演も。

私も軽音なんで、これでも・・」


パン!パン!パン!


手を叩く音がそれほど大きくはないロビーに共鳴するように頭上で響いた。

振り向くと、イヴ・サンローランがもう数十センチ先のところでこちらを覗き込むようにして立っていた。


「悪いけどさぁ、そんな話しは事務所を通してもらわないと。。」


「・・・?」


「・・・」


「とりあえずこっちに来て」


「・・・」


「聞えない?こっちに入ってって言ってるんだけど」


「それは私も?・・」


「そう、あんたもだよ、宮東桜くとうさくらさん。合格だから。とりあえず控室で待ってて」


「でもなんで・・あんなひどいこと言われたのに・・わたし・・」


「もうそれは言いっこなしだよ、

ヒフティオールの戦いはもう終わったんだから。もうノーサイド。

それに・・・整形の鼻っていうのはこういうのをいうんだから」


そう言ってイブサンローランは自分の鼻をコンコンと人差し指で叩いて見せる。


「覚えときなさい、造りものにしたら、こういう顔になるっていうこと。

あんたみたいなそんな綺麗な鼻、人間が造れるわけないでしょ。

ねぇ、そう思わない、さやかさん?」


「確かに・・」


「フフっ、そうあっさり言われると、それはそれでむかつくんだけどねぇ」


イブサンローランの笑顔が、さっきとは全然違って見えた。

彼女は私たちのなにを見ようとしていたのか。そして何を見れたのか。

どちらにせよ、人の優しさも悲しみも喜びも、薄っぺらな自分の眼鏡を通してしか見れない私がそこにいた。


そんな私がみんなの心を動かせるような揺さぶれるような、そんな歌が本当に書けるのか



それは今はやっぱりわからへん。

でもまゆさん、もう一回だけ人を信じてみる、歌を信じてみる、自分を信じてみる。

少なくとも、もう世の中はこんなもん、なんて、そんな粋がった言葉は私は吐くことはない。


だから・・・・・



「さやかさん」


「うん?」


「わたし、宮東桜って言います」


「そやから、今それは聞いたから、宮東さんでしょ、わかってるよっ」


「はい、さくらです。だからこれからは咲くたんって、呼んでくださいね」


「さ、咲くたん?うーん、それはどっかなぁ。。まぁ、まずは、

咲くちゃんから、いってみよっか?。。」



だから・・・・


私の大東京物語はまだまだ終わらないみたいや、あゆさん。。。

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