第2章 外道探し

 金曜日、ガソリンスタンドでの仕事を終え、バスコ近くのスターバックスでアイスラテを注文した。丸田を待っている間、テラス席で参考書を読んで時間を潰した。とっくに学生じゃない高見は、隙間時間の有効活用を常に意識していた。


「また勉強なんかしやがって。受かんねえよ、お前は」


 ほどなくして煙草を咥えた丸田が現れた。


「お前には公務員なんか似合わねえって。畏まってお役所に勤める柄かよ」


「放っとけ」


 高見は涼しく流して言う。「それより次の外道だ」


 スマートホンの画面を指し示す。市内を東西に分断する一級河川沿いのホテルに入る男女の写真。指を滑らせると、次は車のナンバープレートが映る。


「前々から気になってた奴だな。ヤサは?」


「当然調べてある」車内の残留物から素性を特定した。高見は続ける。「SNSによると、こいつ教員らしいよ。馬鹿なのか、嬉々として学歴まで晒してやがる。W大卒だとさ」


「気にくわねえな……」


 即決即断で車に乗り込み、当該ナンバーの車両を探す。金曜夜に高い頻度で繰り出していることはこれまでの情報収集でつかんでいる。


 ターゲットのブルーのインプレッサには既に女が乗り込んでいた。二十前後の学生らしき女。白い歯を見せて談笑している。

 高見たちは追跡した。ターゲットは駐車場を出ると、サイゼリヤで飯を食い、ビリヤード場で一戦楽しんでから、川沿いのホテルに入った。


 二時間後、出てきたところを捕まえた。

 男は狐につままれたような顔をした。


「西倉真佐志、三十三歳、公立中学教諭、M町在住、既婚」


 丸田は男の個人情報を読み上げた。


「あなたたち、なんですか?」


「よくもまあ、これほどの個人情報をウェブに上げるもんだ」


「よくわかりませんけど、警察呼びますよ」


 男は引き攣った表情で精一杯の強がりを見せる。

 長身の高見と筋肉質で恰幅の良い丸田、二人の風体は、並みの男に威圧感を与えるには十分すぎるほど恵まれていた。


「奥さんは泣くぜ、あんた。そして、これから生徒に嗤われるぜ」


 丸田は続ける。「背徳感に酔い痴れながら行うセックスは気持ち良かったか? ええっ、先生よ。学校じゃ道徳も教えてんだろ? 偉そうに生活指導もしてるんだろ? 風紀維持にも力入れてんだろ? とんだ食わせ者だ」


「君はもう帰っていいよ」


 高見は西倉の横で直立不動のまま固まっている女に声を掛ける。


 女は強張った表情を崩さず、小走りで走り去っていく。警察に密告される心配はない。女自身も後ろ暗いことをしていた自覚があるのだ。


「先生」高見が声を掛ける。「僕らが何に怒ってるかわかる?」


 西倉は音が鳴りそうなくらい激しくかぶりを振る。


「僕らはね、あなたが不倫してるってことが許せないんですよ。あなた、よくあの駐車場に来ては女の子引っ掛けたり、あるいは浮気相手と待ち合わせたりしている。知ってるんですよ。僕らにとってバスコは自分んちの庭みたいなもんなんで」


 高見は不敵な笑みを見せ、西倉を見下ろす。襟の硬そうなカッターシャツは皺だらけ。先ほどまで突っ張っていたはずのペニスは萎んでいることだろう。


「それで私はどうすればいいんですか?」


 西倉は目を泳がせ、もはや半泣きになっている。


「そんなこと知りませんよ。僕らは決してあなたに暴力を振るったり、金を巻き上げたりはしません。そんなことしたら僕ら犯罪者になっちゃうじゃないですか」


 西倉は口を半開きにして要領を得ない表情をしている。高見は続ける。「あなたの車がホテルに入って行く様子、そして二人でホテルから出てくる様子、動画に収めました。しかし、だからといって、何か要求したりすることはありません」


「こんな色欲にまみれたおっさんの授業受けるなんて、中学生ってのも大変だなあ。毎日偉そうに教壇に立ってんだろうけど、まずは自分の下半身を律しろや。なあ、センセエよ。もうあんたは聖職者じゃなくて、リッシンベンのセイショクシャだなあ。ショクの字は繁殖の殖な。つまり〝性殖者〟な。ああ、気色悪ぃ」


 丸田は西倉の足元に唾を吐き捨てた。


「西倉さん、ほら」


 高見はスマホのフリーメールアプリを開き、県の教育委員会を宛て先にした動画添付済みのメールを西倉の眼前で送信した。紙飛行機マークが画面上を通過し〝配達完了〟の字が浮かぶ。「市教委と勤務先の学校にも送っといてあげる」


「えっ、えっ、えっ」


 西倉は意味のある言葉を発さず、ひたすら動揺し続ける。


「ざまあねえな。反省して、一から出直せ!」


 丸田は怒鳴りつけて、高見の車に乗り込む。さよならの合図代わりに二度クラクションを鳴らし国道に出る。午前零時を過ぎており交通量はまばら。ランクルは加速度を増し、だだっ広い夜の郊外エリアを切り裂くように進んでいく。


「DVDに焼いてあいつのヤサにも送っといてやれよ」


「当然だ。朝一番の時間帯を指定して届けてやるさ」


 跨線橋の上から灯りの少ない街を流し見つつ、高見は力を込めて答えた。

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