初出勤

「おはようございます。どうされましたか?」


 朝の七時半。ゲートに近づくと、前回同様、自衛官に声をかけられた。


「お、おはようございます。あ、あの、今日からバイトなんですけど……」

「ああ、食堂のかな? あそこで用件を言っていただけますか?」

「はい」


 今回は出勤時間だからなのか前回と違ってゲートがしっかり開いているし、迷彩服を着た人や制服を着た人が敬礼しながら中へと入って行く。そこに近づくのは勇気がいったけど、今日から仕事だからと近づいた。

 そして前回同様に小さな建物に近づいて用件を言い、身分証を提示すると記入用紙を渡されてそれに記入する。今回も許可証を渡されてどうすればいいのかと思ったら、ちょうど前から金本さんが来るのが見えた。


「おはようございます。早いね」

「おはようございます。今日からよろしくお願いいたします」

「うん。じゃあ、行こうか」

「はい」


 金本さんから促されて、その斜めうしろからついていく。先日と違い、今日はまだどのヘリコプターも出ていなかった。


「金本三佐、おはようございます」

「おはよう、乙幡一尉。今日から頼むね」

「はい」


 歩いている時、うしろから金本さんに声をかけて来た人がいた。そちらを見ると、がたいのいい迷彩服を着た人が二人いて、そのうちの一人は見たことがある人だったことに驚く。


(……この基地に勤めてたのか……)


 その顔を見て、溜息をつく。私をちらっと見たくせに知らん顔をしたから、私も知らん顔をすることに決めた。


「三佐、隣にいる人は?」

「ああ、今日から食堂の掃除をしてくれるバイトさんで、岡崎さんだよ」

「へえ……君も岡崎っていうのか。初めまして! 俺は乙幡おっぱたで、隣にいるこいつが岡崎だよ」

「岡崎です」

「初めまして。岡崎 紫音です。よろしくお願いいたします」


 気さくな人だなあ、なんて乙幡と名乗った人を見上げたら、隣にいた人と目があった。そして「あっ!」と小さく声をあげ、申し訳なさそうな顔をする。


(今ごろ気づいたんかーい!)


 岡崎と名乗った人はなんと一番上の兄で、名をのぼるという。さっき私を見たものの、どうやら気づかなかったらしい。

 帰ったらメールでなじってやろうと決めたけど、視線を感じてそちらを見ると、乙幡さんがじっと私を見ていた。


「あの……?」

「ああ、何か顔が強張ってるからさ……俺らが怖い?」

「あ、いえ。怖くないです。ただ、初出勤なので緊張しているんです」

「そっか。じゃあ、岡崎さん……」

「なんだ?」

「なんでしょうか?」


 私と兄が同時に返事をしてしまったものだから、金本さんと乙幡さんが苦笑してしまった。


「あー、これから三ヶ月、半日だけとは言え二人は糧食にくるんだっけ?」

「そうです」

「岡崎が二人いると、ちょっと厄介かも……」


 そんなことを言った金本さんに、二人は「あー……」って言っている。私もつい苦笑してしまう。


「あ、あの、そちらに岡崎さんがいらっしゃる時は、私のことは名前で……その、紫音って呼んでくださっても構いませんよ?」

「そうだね……そうさせてもらってもいいかな?」

「はい!」

「じゃあ、紫音さんと呼ばせてもらうよ」

「じゃあ、俺は紫音ちゃんかな」

「俺はしーちゃんで」

「「それはないだろう!」」


 金本さんはさん付け、乙幡さんはちゃん付け、兄は子どものころの呼び方で呼ぶようだ。だけど、それに対して金本さんと乙幡さんが突っ込みを入れている。


「別にいいじゃないですか、三佐、乙幡。な、しーちゃん」

「そ、そうですね。私は構いません」

「はあ……全く、仕方のないやつだ。乙幡一尉、岡崎一尉、あまり変な呼び方を広めるんじゃないぞ?」

「「はい」」


 楽しそうに話をする三人を見て、つい笑ってしまった。というか、いつまで知らん顔をするのかな、昂兄は。


 それはともかく、合格の連絡をもらったのは先週だった。「来週の月曜から来てほしい」と言われたので、必要なものや行く時間、月曜から行けることを伝えてから電話を切った途端。


「……っ! やったーーー!」


 嬉しくてつい声を張り上げてしまった。まさか本当に受かるとは思っていなかったのだ。

 だから、行くまでの間はそわそわしてしまったくらいだ……間近でチヌークが見れると思って。

 動機が不純? 別にいいじゃない、本当に好きなんだから。

 まあ、面接官にはそんなことは言わなかったけどね。

 必要なものはお弁当くらいで、服装は自由だけど、面接の時に質問した通り必ずズボンで来てほしいと言っていた。長靴やエプロン、作業服などは貸与してくれるというし、用意してもせいぜい軍手くらいらしい。


 そんなことを思い出していると、乙幡さんと兄、金本さんは今日の献立の話をしている。建物のところまで来たので乙幡さんや兄とは一旦別れ、金本さんのあとをついていく。

 まず案内された場所は、休憩室兼ロッカーだった。金本さんがノックをすると中から返事があったので、一緒に入る。


「おはよう。今日からで岡崎さんだ」

「おはようございます。岡崎 紫音です。よろしくお願いいたします」

「「おはようございます」」

「今日からしばらく岡崎が二人になるから、彼女は名前で呼んであげてくれ」

「「はい」」


 中にいたのは迷彩服と白衣を着た年上の女性だ。金本さんが迷彩服の女性に話しかける。


「それと、田中二曹、紫音さんのロッカーなどを教えて、着替え終えたら僕のところに連れて来てくれ」

「了解です」


 その返事を聞くと、金本さんは部屋から出て行った。そして二人から自己紹介された。迷彩服を着た女性は田中さんで自衛官、白衣を着た人は大山さん。

 大山さんも自衛官で、管理栄養士の資格を持っているそうだ。二人とも糧食班にいる二等陸曹だそうで、普段の献立はこのお二人と金本さん、今は食堂のほうで朝食の配膳をしている男性の四人で、いろいろと決めたりしているらしい。


「岡崎さん……紫音ちゃんって呼んでいいかな?」

「は、はい、どうぞ!」

「じゃあ、紫音ちゃんのロッカーはここね」


 指定されたのは扉に近い場所で一番はじっこだ。そこには既に【岡崎】とネームプレートが貼ってある。ロッカーにも鍵がついていて、貴重品はきちんと自分で管理してくださいと言われた。


「で、これが制服となるものよ。半袖で申し訳ないけど、規則だから我慢してね。休憩中なら上着を着てもいいから」

「はい」

「あとは……」


 渡された制服は襟のある水色のスモックみたいなものだった。前はボタンが五つ付いていて、裾の長さはお尻がかくれるくらいだろうか。

 他にも三角巾が手渡され、今の季節はいいけど夏場のお弁当は必ず冷蔵庫に入れるよう、すみっこにある冷蔵庫を指差しながらそう言われた。

 次は下駄箱に案内され、ここで靴を長靴に履き替えてと言われる。ここにも、そして長靴にも名前が書かれている。


「ハンガーはロッカーに入ってるから、コートはそれにかけるといいわよ。エプロンは防水仕様の長いもので、別の場所にあるの。それは洗い場に行ってから説明しますね」

「ありがとうございます、田中さん。あ……田中二曹」

「ふふ、紫音ちゃんは自衛官じゃないんだから、そのまま田中でいいわ」

「私も大山でいいわよ」

「では、田中さんと大山さんとお呼びしますね」


 そう返すと笑顔で頷いてくれたあと、着替えてと言われてコートや来ていたチュニックを脱ぎ、半袖のTシャツを中に着てからスモックを着る。そして髪を黒いゴムで結わいてから三角巾を被ると、ずり落ちないようピンで留めた。

 ロッカーについていた鏡で髪などをチェックし、念のためお二人にも確認を取ると大丈夫だと言われたので、二人のうしろをついていきながら長靴に履き替えると移動する。


「金本三佐、お連れしました」

「ありがとう。二曹はまだ休憩中かな?」

「いえ、そろそろ昼の準備を始めますので、これで終わりです」

「そうか、ありがとう。じゃあ、紫音さん、こっちに来て。仕事の説明をするから」

「はい。田中さん、大山さん、ありがとうございました」


 頭を下げてお礼を言うと、二人から頑張ってと声をかけられた。そして金本さんのあとをついて行くと、先日も見せてくれた大きな洗浄機がある場所に連れて行かれる。


「紫音さんがここでやることは、正面と右側にあるカウンターに下げられて来た食器を軽くあらって、四角い大きなラックに伏せて乗せたりそのままコンベアーに乗せることだよ」

「わかりました」

「詳しくはお昼の時にでもまた説明するから。じゃあ、これからやることを説明するよ。その前に紹介だけしておくか」


 そう言われて連れて行かれたのは、そこから左に行って、配膳をするところだった。


「そのままでいいから聞いてくれ。今日から食堂の掃除をしてくれる岡崎さんだ」

「岡崎 紫音です。よろしくお願いいたします」

「自衛官にも岡崎一尉がいるから、何か用事がある場合は名前で呼んであげてね」


 あちこちから「了解」という声がかかり、私は頭を下げる。


「じゃあこっちに来て」


 金本さんに呼ばれて次の場所に移動した。


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