俺の気持ち(乙幡視点) 後編

 医務室に着くと、医官である広瀬三佐に状況を説明。その内容に眉間に皺が寄っていく広瀬三佐。


「民間人相手に何をやっているんだ」


 そんなことをボソッっと呟いた広瀬三佐は、紫音ちゃんに指を縫わなければならないことを告げていた。保障は俺がすると告げ、金本三佐に報告に行くことにする。

 そして俺が来るまで医務室にいるように話すと、広瀬三佐にニヤニヤされた。……なんでそんな顔をするんだよ、おっさんが。

 いいじゃないか、ドストライクの子なんだから。

 そして食堂に戻ると別の部屋に案内される。そこには司令と河野三佐、金本三佐と三曹がいて、すぐに敬礼する。


「報告。岡崎さんは指先を縫うそうです。現在治療中であります」

「ありがとう。だそうだぞ、平島三曹。守る立場の人間を怪我させてどうする! 何回同じことを言わせれば気がすむんだ?」

「だって、彼女が私の彼氏を……和樹を取ったのがいけな……」


 まだそんなことを言っているのかと呆れてくる。何度注意してもこの思い込みは直らないし、司令や三佐たちも呆れたように見ていた。だから三曹の言葉を遮るように話す。


「俺はお前の彼氏でもないし、付き合ってもいないって何度言えばわかるんだ? まさか、照れてるだけだとでも思っていたのか? ふざけるんじゃない、思い込みも大概にしてくれ!」

「え……?」

「しかも、君は上官や階級をなんだと思っているんだ? 名前で呼ぶとは……。プライベートならともかく、今は勤務中で、乙幡一尉も『彼女じゃない』と言っているというのに」


 河野三佐の言葉に、三曹が顔色を悪くしていく。司令は厳しい表情のまま無言で俺たちのやり取りを聞いている。


「前回、別のパートさんにも似たようなことをした時、俺は言ったな、『次はない』と。『父親をあてにするな』と」

「……」

「忘れたとは言わせないぞ、まだ二ヶ月もたっていないんだからな。そして三曹の今回のやらかしのせいで、三曹の父親は降格処分が決定された。そして三曹もな」

「……っ」


 彼女の父親は一等陸佐だそうで、どこかの基地の司令になることが決まっていた。だが、確実な証拠があるのに前回のやらかしで彼女をかばい、今までもかばってきたその積み重ねもある。

 しかも今回は実害を出してしまったがためにそれも取り消しとなり、降格処分決定となったという。

 どんだけ娘に甘いんだよ。まさか、コネで自衛隊に入ったなんて噂もあったが、それも本当だったりして。


「一尉、他に報告はあるか?」

「特には。あとは広瀬三佐の報告待ちだと思われます」

「わかった。さがっていい」

「はい」


 河野三佐に退室を命じられ、その場をあとにする。背後で「君の処分を……」なんて言っていたが、俺が聞いていい話ではないのですぐに退室し、紫音ちゃんのところに行った。

 そして広瀬三佐に話を聞くと、五針縫ったことと、今日を含めた三日間は仕事厳禁を言い渡したそうだ。


「診断書を書いておくから、あとで金本三佐に提出しておくよ。念のため薬も処方しておいたから、大丈夫だろう」

「わかりました。金本三佐に報告しておきます」

「ああ」


 広瀬三佐からの話を聞いたあと、コートを着て待っていた紫音ちゃんに話しかけ、外へと促す。金本三佐に話してから帰るという彼女に「いい子だなあ……」と感動しつつ、食堂に連れて行く。

 金本三佐はまだ話しているからと木村一尉が来たので先に事情を話すと、一尉も眉間に皺が寄っていた。

 そして休みの確認などをした紫音ちゃんを見送る。

 本当は心配だから家まで送ってやりたいがまだ勤務中だからと諦め、一尉と一緒に食堂に入ると、そこにいた全員がわらわらと寄ってきた。そして紫音ちゃんの状態を一尉が説明すると、全員の眉間に皺が寄る。


「あとで三佐と相談するが、当面の間は紫音ちゃんの水仕事はフォローすることになると思われる。それらの連絡は明日以降に行うから、先に今日の業務を終わらせてくれ」

「了解」


 一尉の指示にそれぞれが返事をする。洗い場に行くと食器はほとんど洗われていて、水も綺麗に取り替えられていた。

 食堂の窓口からは、飯を食っていた隊員たちがわらわらと寄って来ていて、一斉に俺を見て焦る。


「乙幡、昼間いたあの子がいないが、どうしたんだ?」

「指を怪我して、五針縫ったそうだ。明後日まで業務厳禁と言われたらしい」

「えっ⁉ そんなにひどい怪我だったのか⁉」


 話しかけて来たのは同じ部隊で次回糧食に行くことが決まっているヤツだったが、俺の言葉に息を呑む奴らが続出。奴らは紫音ちゃんを妹のような感覚で密かに見守っているのだ。


「処置は広瀬三佐が行ったから大丈夫だろう。ほれ、返却できないヤツがいるんだから、いい加減そこから散れ」


 岡崎も木村一尉も「邪魔だ、散れ」と言って散らす。それ以降も飯を食い終わった奴らが聞いてきたりして、一緒に食器洗いをしていた岡崎と顔を見合わせで苦笑し、それぞれ説明した。

 食器洗いが終わるとシンクの栓を抜いて綺麗にし、洗浄機のスイッチを切る。床掃除をすれば終わりだ。

 翌日の朝食の用意も平行して行われているので、そっちもそろそろ終わるだろう。手伝うつもりで顔を出したら、大きな鉄鍋をふたつ洗うように言われたので、それを実行する。

 鉄鍋の洗浄は結構大変なんだよな。大の男ですら入れるくらいデカイから、洗うのも大変だ。

 蓋をゴシゴシ擦ったあとは鍋を擦る。ピカピカに磨いておかないと、糧食班の連中に怒られるんだよ。

 ひとつを洗い終えるともうひとつに取り掛かり、それも綺麗に磨いたらホースを使って洗剤を落とす。蓋が固定されていることを確認し、念のため周囲を見て汚れがないか確認する。

 ……うん、大丈夫だ。

 それから消毒をして他にも頼まれた寸胴などを洗い、明日に備える。

 全ての業務が終わり、木村一尉が金本三佐に報告に行く。どうやら話は終わったようで、三曹はそのまま寮に帰したらしい。

 まあ、いたらいたでいろいろ言われるだろうし、話が広まっている以上、帰ってからも言われるだろう。そのあたりは自業自得だ。


 荷物を持って食堂を出ると、岡崎と一緒に歩く。二人して紫音ちゃんは大丈夫かと心配しつつ、三日後、元気に来てくれることを祈った。


(お見舞いに、お菓子か花でもあげようか……)


 父親に用事があるとかで岡崎とゲートで別れ、お見舞いは明日買えばいいかと自宅に帰る。そして紫音ちゃんを慰めるためにデートに誘おうと考え、近いうちに連絡先を交換しようと決めた。


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