引っ越した

 翌日は予定通り午前中に黒いTシャツを二枚買った。白と迷ったけど汚れが目立つかも……というのもあったし、食堂だからと黒に決めたのだ。

 黒いエプロンをしている喫茶店もあるしね。白じゃないとダメって言われたら、白に変えようと思う。

 本当はもっと買ってもよかったんだけど他にも黒や白もあるし、引っ越すことを考えると荷物を増やしたくなかったというのもあった。

 一度家に帰って荷物を置くと、兄との待ち合わせ場所に行く。そこには兄のお嫁さん――お義姉さんとお子さんがいて、お互いに自己紹介したあと、食事に出かけた。

 食事のあとは兄の家にお呼ばれして甥っ子や姪っ子と遊んだり、たくさん話したあと夕飯もご馳走になった。義姉や子どもたちに「近いんだから、また来てね」と言ってもらえて嬉しかったから頷き、兄に家まで送ってもらったあと、明日着る服だけ出しておいて残りはダンボールにしまう。


 翌朝、九時に駅で父と待ち合わせて一度父の家に連れて行ってもらった。

 車を出してくれると言うので、エアコンの取り付け業者が来るまで父と先に残りを持って父の家に行く。荷物を下ろしている間にエアコンの取り付け業者が来て、エアコンを設置して行った。部屋はあとでじっくり見せてくれるという。

 そして車で一緒に不動産屋さんに行く。私だけだったら、もしかしたらいろいろと厭味を言われたりしたんだろう。

 けど、父が一緒にいたからか何も言われることはなく、話も全部父がしてくれたので何事もなく終えた。家賃などは既に一ヶ月分払ってしまってしるんだけど、ほぼ一ヶ月は住んでいたからそのままにしてもらった。

 父は「少しでも返してもらえ」って煩かったけど、敷金だけでも帰って来たんだからと宥めた。


「あとはガスと電気と水道、電話の住所変更かい?」

「そうなんだけど、本当に今日引っ越すの?」

「もちろん。もう紫音の部屋の用意はできてるから、一昨日でもよかったんだよ」

「お父さん……準備早すぎ……」

「ふふ、褒め言葉として受け取っておこう。先にガスと電気と水道の停止……はあとでもできるから、荷物を運んでしまおうか」

「うん」


 車で私の家に戻り、残っていた荷物を運ぶ。パイプベッドは父が解体してくれるというのでお願いし、私はその他の細かいものを箱に入れたりする。

 いつの間に電話したのか、午後には父の知り合いの業者さんが来てお掃除をしてくれるという。なので忘れ物がないか確認を取り、その場で電気とガスの会社と水道局に電話してストップしてもらった。

 請求書は父のところである、新住所を告げている。

 電話は契約している携帯会社のサイトに行ってそこで住所変更すれば終わりだから、それもスマホからさっさとやってしまった。


「業者が来るまで時間があるから、何か食べに行こうか」

「うん」


 何を食べるか迷い、駅前にあるランチをやっている居酒屋の定食が美味しいらしいので、そこにした。引っ越し祝いだからと二人してお刺身定食を食べ、そろそろ業者がくる時間だからと私の家まで戻る。

 お茶を出してあげたいけど何もないからとコンビニまでひとっ走り行って、ホットのお茶や缶コーヒーを買ってきたら、業者が来ていた。


「すみません、買い物に行っていて……。よろしければ、これを飲んでください。お父さんもどうぞ」

「ああ、ありがとう」

「これは申し訳ない。いただきます」


 父に先に飲みたいものを抜いてもらい、残りはコンビニの袋ごと渡してその作業風景を見る。自分の掃除の役に立つと思ったからだ。

 それを見ながら私はどうだったかな……って振り返ったりしながら、明日はテーブルだけじゃなく、床も丁寧に、隅っこも綺麗にしようと思った。一般食堂の隅っこで汚いところがあったんだよね。

 そういうのもあったし、初日の言い合い具合から、金本さんたちは以前から会社側や来てた人に何回も指摘してたけど、直さなかったんだろうなあ……って思ってしまった。でなきゃ、会社ごと切るなんてことをするとは思えなかったし。


 そうこうするうちに全部の掃除もあっという間に終わり、使わないベッドや兄が運んでくれることになっていた冷蔵庫まで運んでくれるという。それらの料金は父が請求書をもらって払っていた。

 というか、ベッドはどうするんだろう? まあ、なくても布団があるから問題ないんだけどね。

 そして業者が帰ったあと、鍵をかけて外に出る。


「お父さん、お金は返すよ?」

「いいからいいから」

「もう……」

「時間もあるし、鍵を返しに行きがてら、箪笥を見に行かないかい? お姫様」

「……うん」


 恥ずかしいからお姫様はやめて。

 

 家具は北欧の輸入家具店に見に行くことにして、途中で不動産屋さんに寄ってもらって鍵を返す。掃除も終わったことを注げるとあんぐりと口を開けていたっけ。

 そして父にあれはなんだ、これはなんだと子どもみたいに質問しながら、モノレールに沿って歩いて行くと途中でヤギがいるところに出る。


「……なんでこんなところにヤギがいるの?」

「ああ、ここはとある企業の土地なんだが、春先から冬が来るまで草を食べてくれてるらしいよ」

「へえ……。ってことは、もうじきいなくなっちゃうんだ」

「ああ」


 街中にヤギというのも珍しいので写真に撮る。そして見覚えのある建物があった。


「あ……。うそー! ハローワークの建物じゃん……」

「あれ? 紫音はハローワークに行ってたんじゃなかったのかい?」

「そうなんだけど、この道がまさかここに繋がってるって知らなくて……。入口もここに出ないで、反対側から出入りしてたし……」

「遠回りしてたってことかな?」

「うん……」

「それは勿体無いことをしたね」


 ははっ! と笑った父にちょっと凹む。うう……一年後にはまたここに来ることになるから、この場所を覚えておこう。

 信号を渡ると店に着く。配達もしてくれるみたいで、他の人があれを配達してもらおうって言っていた。


「さて、どんなのがいい?」

「うーん……私はそんなに洋服を持ってるわけじゃないからなあ。私の部屋になったのって、押入れはある?」

「あるよ」

「なら、押入れに入れられるくらい小さいのでいいよ。クローゼットがあるなら、コートはそこに入れればいいし」


 食器も買いたいと父が言うので、父がカートを押しながら食器を見たり布団カバーなどを見たりカートに入れたりしながら、家具などがある場所へと行く。展示されているものを見たり、機能性を確かめたりしながら見たんだけど気に入ったデザインや大きさがなく、食器と私の布団カバーを買って一度家に帰った。

 そして今度は隣の市にあるホームセンターに行くというので、父と一緒にそこに向かう。

 その場所は電車でもこれる場所だったので、今度は電車で来よう。

 そこで組み立てなくていいし持ち運びに楽だからとプラスチックの箪笥があったのでそれをふたつ買う。ついでに本棚とホームベーカリー、私用のバスタオルを買ってくれた。

 箪笥だけは持って行けないので配達を頼み、本棚とホームベーカリーは持って帰ることに。

 他にもシャンプーなどが安くてそれを買ったり、途中にあった大型スーパーで食材を買ったりして家に帰って来たのは、七時近かった。


「さすがに疲れたな……。今日は出前でも取るかい?」

「うん、いいよ。任せていい?」

「いいとも」


 父に出前を任せ、私はまずはキッチンへ行って食器をお湯に漬けた。そして冷蔵庫に食材を入れる。


「ほえ~……いろいろ揃ってる……」


 父は一人暮らしをしているはずなのに、私よりも調味料や道具が揃っていた。それに食器洗浄機まで付いてるし、カウンターは対面式だ。


「紫音、お寿司にしたけどいいかい?」

「うん、ありがとう。というか、お父さん、すごいね。私はこんなに揃えてないよ……」

「ははっ。そこは一人暮らしが長いし、訓練の賜物とだけ言っておこう」

「へ~。伯母さんや調理実習でも習ったけど、私は基本のしかできないんだよね」

「なら、教えてやろうか?」

「いいの!?」

「ああ」


 やった! と叫んで喜ぶと、父が顔を綻ばせる。そしてまずは私の部屋からと案内してくれた。


「ここが今日から紫音の部屋になるよ」

「うわ~!」


 その部屋は南向きの部屋で、カーテンは私の好きな緑色でミントグリーン。ベッドも木造の重厚なもので、引き出しがふたつ付いていて、ものが置けるヘッドボードもある。

 その横にはダンボールが置かれていた。そして机と椅子があり、そこには持ってきたパソコンが置かれている。部屋の広さは六畳くらいだろうか。

 床はフローリングだけど買ってきたホットカーペットが敷かれているし、部屋はマンションだからなのか、アパートよりあったかい。

 そしてカーペットを点ける前に、明日はカバーを買ってこよう。一応付属品として一枚付いているんだけど、色と柄が気にいらなかったのだ。


「ベッドを持って行ってもらったのは、これがあったからか。これなら箪笥はふたつもいらなかったかも」

「大丈夫さ。ひとつは押入れに入れるんだろう? 部屋が狭く感じるなら、ふたつとも押し入れに入れればいい」

「そうだね、そうする」


 部屋を出ると、今度は他の部屋に案内される。お風呂の場所やトイレ、父の書斎兼寝室、客間となってる部屋。

 ダイニングは家族全員が集まっても余裕があるくらい広い。父はこんな広い場所に一人で住んでいたのかと思うと、なんだか泣けて来る。

 出前が来るまで服を片付けようと思っていたら来てしまい、二人で話しながらご飯を食べる。明日は二人とも仕事だし、箪笥は明日の夜遅い時間に時間指定してあるから、受け取るのも楽だ。

 父に先にお風呂に入ってもらい、仕事や当面使う下着などはベッドの引き出しに入れ、残りは箪笥が来てからしまうことにした。そしてお風呂からあがった父にパネルスイッチの場所やバスタオルが置いてある場所を説明してもらい、アパートの狭いユニットバスなんかと比べたらダメなくらいゆったり入れるお風呂を堪能してあがる。


「お父さん、私はもう寝るね」

「ああ。俺ももう少ししたら寝るよ。おやすみ」

「おやすみなさい」


 何か読んでいた父に声をかけ、部屋に引っ込む。荷物から目覚まし時計とスマホ、充電器とシフト表を出してヘッドボードに置く。

 スマホの充電が無くなりつつあったので持って来た延長コードをベッドまで引っ張ってきて、ベッドのところで充電し始めた。


「なんだか不思議……」


 先週から今週にかけて、次々に家族に会えて、父とバッタリ会って二日で一緒に住むことになって……。

 伯父夫婦の家に住んで、従兄弟もいたけどやっぱり寂しかったし、父や兄たちと一緒に住みたかった。はしゃぐような歳ではないけど、ようやく願いが叶ったことが嬉しい。

 明日からまた仕事で、来週から仕事が週五日になる。頑張ろう、と決めて布団に潜り込むと、あっという間に寝てしまった。


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